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自己と超越 禅・人・ことば 岩波現代文庫 学術260
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2012/02/18 |
| JAN | 9784006002602 |
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自己と超越
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自己と超越
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商品レビュー
2.7
3件のお客様レビュー
禅の深遠な世界を探求する本書は、入矢義高先生の三部作の中でも特に面白く、読者に新たな視点を提供します。碧巌録や馬祖の教えを通じて、禅の語録の理解を深める手助けをしてくれる一冊であり、特に「肯定」と「否定」の繰り返しが物事の生成発展にどのように寄与するかについての洞察が印象的です。良寛や中巌圓月など、日本の禅僧についても興味深い情報が盛り込まれ、学びの幅が広がります。大学教授の講義のような分かりやすさで、禅の修行や仏教の教えが端的に表現されており、初心者から深く学びたい人まで楽しめる内容となっています。再読を促す要素も多く、知的好奇心を刺激する一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
中国と日本の禅の師家たちについて、エッセイふうに書かれた文章などを収録しています。 唐の時代において禅の再興をはたした馬祖道一は、「道に横径なきは、立つ者危うし」といいました。求道者は常に迷い人でありつづけよ、というのが彼の教えでした。著者は、馬祖の禅の核心を、「生き生きと日常...
中国と日本の禅の師家たちについて、エッセイふうに書かれた文章などを収録しています。 唐の時代において禅の再興をはたした馬祖道一は、「道に横径なきは、立つ者危うし」といいました。求道者は常に迷い人でありつづけよ、というのが彼の教えでした。著者は、馬祖の禅の核心を、「生き生きと日常底において働く平常心」であると説明しています。迷うことのない大道を行くことは、かえって生き生きとした心の働きを亡失することにつながるということなのでしょうか。 趙州、雪峰、玄沙といった唐の禅者たちは、たがいに意識しあい、批判しあっていました。著者はその交渉がどのようなものだったのかということを具体的に紹介しつつ、彼らの交渉のあいだを修行者たちが往来し、彼らの主張を検証していたと指摘します。このような状況のおかげで、修行者たちはつねにみずからの足もとを問いなおすことができたのかもしれません。 「麻三斤」は、ひろく知られている公案の意味をあらためて考察する、短い論考です。著者は、このことばが衣一着分を意味すると解釈します。「一着分の衣のできる材料はちゃんと揃っている。それは仏のために用意してあるのだ。さあ、それを衣に仕立てて仏に着せてやれるのは誰か」と、著者は公案の真意を説いています。 また良寛について、彼の詩からその思想にアプローチする試みがなされています。著者によれば、良寛は「羞恥の人」でした。破格の多い彼の詩は、けっして「天衣無縫」や「円転滑脱」といった風格を示しているのではなく、むしろ求道のあゆみを進めることへの羞恥を示しています。「災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候」という、彼のよく知られたことばは、任運騰々の境地を示していますが、それは「石のような心の在り方で愚か者のように騰々としてあること」であり、そこにはみずからを省みて羞恥をおぼえずにはいられない、彼の「人」が見られると著者は論じています。
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禅のお話とか興味はあるけど、難しかった! 途中で挫折しました。 読めない漢字や漢詩も私には難解でした。
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大学教授の講義のようで、とてもわかりやすく禅について学ぶことができた。 「禅の修行とは、己事究明のこと」というのもわかりやすい。 「人はいかにして輪廻を脱すべきか」が仏の教えであることも端的に表現されていると思う。
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