恥じらいノスタルジー 祥伝社文庫

橘真児【著】

• 販売会社／発売会社: 祥伝社
• 発売年月日: 2010/12/09
• JAN: 9784396336301

商品レビュー

2010/12/17

官能小説を超えた泣ける感動ストーリー

[ＤＳＫ]

家族愛がツボで涙もろい諸兄ならば「ハンカチ必須」である。「老々介護」にまで言及する母と祖母の老いた姿を帰省直後に目の当たりにした２８歳の主人公が、これを生まれた頃から何も変わらない故郷に重ねつつ、それでも都会には無い良さを目にして考えを改めていく素晴らしい物語である。お涙頂戴ではない。母と息子、祖母と孫のリアルな現状とその後の不安を示しながら、離れていたから気づかなかったこと、側にいたから分かったことを通じて自分を見つめ直し、そして同時に周りから支えられていることを知る「縁」の素晴らしさが描かれている。官能を描くためのストーリーではなく、人と人との係わりの中で再会した男と女が、それぞれに自らの過去を顧みながら、ぽかんと空いた穴を埋めるように今この瞬間に求め合うべく結ばれ、これを未来へ向かって歩み始めるための必然として官能要素が配されている。そのため「実用性」には少々乏しくもあるのだが、（官能小説なのに）そんなことはどーでもよくなった。

ヒロインは隣に住む３歳年上の幼馴染みと同級生の２人である。子供の頃からお互いに憎からず想っていたのにすれ違いばかりだった幼馴染みには別れた夫がおり、一度終わった（と思しき）関係がどちらかで復活するのか？という狭間で揺れる心情が描かれている。男女の関係を請う１度目と、かつてのように姉と弟のような関係に戻る２度目の情交との間に区切りをつけた女心の違いを見せる巧さがあった。

かつては近寄り難かった同級生が過去の自分への後悔を滲ませるも今は穏やかで健気で慎ましやかな“本来の姿”を見せているところに人としての美しさがあった。陰で頑張る自分を励ましてくれた主人公のことを詳しく知っているところを見ると、この２人も相応にすれ違っていたようで、本作の男女は常にすれ違っているのである。一筋縄でいかない男女の心の機微を巧みに描いており、主人公との刹那の関係を契機に新しい自分を見つけていくヒロイン像には女性にも読んでもらいたい魅力がある。

しかし、これだけで終わらないのが本作の凄いところ。主人公を常に支える「もう１人のヒロイン」がファンタジックな存在として登場する。実に３０年もの時を超えて祖母との奇跡の邂逅が果たされるクライマックスはまさに感動的。これを「あり得ねー」と断じるのは野暮であろう。守護神は存在するのだと信じたい。

実は恥ずかしながら本作が祥伝社文庫の「初体験」である。こんな素晴らしい作品で引き合わせてくれた作者と、奥付に記された『上質のエンターテインメントを！珠玉のエスプリを！』で始まる宣誓文がお題目では無かったことを実証してくれた編集者には感謝しかない。まさにタイトル通りのノスタルジックに素晴らしい感動作だった。