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われらのジョイス 五人のアイルランド人による回想
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | みすず書房 |
発売年月日 | 2009/06/25 |
JAN | 9784622074779 |
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われらのジョイス
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われらのジョイス
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ダブリン時代からパリやトリエステ、スイスとジョイスが移り住んだ土地で直接彼と会い、話すことができた五人のアイルランド人が語る素顔のジョイス。エルマンの「ジェイムズ・ジョイス伝」ですでに紹介されているエピソードもあるが、当人が書いた書物からの直接の引用であるため、伝記では端折られていた枝葉のような事実から、生身のジョイスが立ち現れる愉しさがある。 学生時代のジョイスは、超然としていて冷静で落ち着いていたかと思うと教師や学監をからかっては楽しんでいたという。語学に堪能で、文学的才能に恵まれていることは明らかだったが、家は貧乏で始終引っ越しを繰り返し、一日の食事にも事欠くという有り様。昼になると担当教官や校長がジョイスを校長室に呼んで一緒に食事をさせたり、友人の母親が気をきかせて夕食に招いたりと、周囲にはずいぶん世話になっていたようだ。 多感な時代のことである。人より優れた知性を持ちながら、人の世話にならざるを得ない自分に卑屈にならないためには、必要以上に胸を張り、態度も大きく見せなければならなかったのだろう。友人が語るジョイスの姿は高慢で慇懃無礼そのものだ。当時ジョイスの書いた文章の中に「楯の硬化」という言葉があるという。『ユリシーズ』のマリガンのモデルとして知られるゴガティと組んで、変わり者めいた人格を拵え、それを「楯」として敵対する世界と本来の自分の間に置いたのではないか。 ジョイスはヨーロッパ各地を転々としながら最後までダブリンに帰ろうとはしなかった。帰れば傷つけられるという意味のことを話してもいる。しかし、友人たちは口々に、会うたびにジョイスがダブリンの町や人々の近況を知りたがった、と証言する。そればかりではない。ジョイスの部屋の絨毯にはダブリンを流れるリフィ川の流れが表されていたというではないか。 ある人がジョイスに、コスモポリタンのような顔をしているくせに考えることも書くこともダブリンのことばかりなのはどういうことか、と訊いたことがある。それに対してジョイスの返答がふるっている。「イギリスに、私が死んだときに心臓にはカレーという語が書かれているでしょう、と言った女王がいました。私の心臓には“ダブリン”という語が書かれているでしょう」。芝居がかった口調がいかにもジョイスらしいが、ダブリンに対する感情に嘘はなかったろう。ジョイスは望郷の人だったのだ。 ジョイスはなぜダブリンに帰ろうとしなかったのか。当時のダブリンは「放置された直轄植民地の朽ちつつある首都であった」。富裕な人々は英国や郊外に退き、目抜き通りは空き屋となり、その後にアイルランドの中産階級が入りこんでいるという状況。崩れそうな家に住む賃金労働者やそれ以下の人々が住むスラムも広がっていた。ジョイスは苦々しい思いを込めてそこを「麻痺の中心」と評していた。『ダブリナーズ』には、そういう目で見たダブリンの町や人々の姿が描かれている。 インスピレーションを得るため『ケルズの書』をいつも手許に置いていたと語るジョイスは、本来あるべき姿のアイルランドやダブリンをその視力を失いつつある目で見ていたのだろう。ところが現実のダブリンの人々は日々の生活を送るのに手一杯で、アイルランド人であるという自覚はないように見える。愛するが故に憎い、というアンビヴァレンツな心理がジョイスにはあったのだろう。故郷を遠く離れているからこそ、アイルランドやダブリンを思う存分に愛せる。帰りたいが、帰れないというのはジョイス生涯のジレンマではなかったか。 それが証拠に、パリ在住の頃、ジョイスは何度もラグビーの国際試合を見にスタジアムに出かけたと語っている。「グリーンのジャージー姿の選手を見ずにいられなくてね」と。『フィネガンズ・ウェイク』には、その時の試合の様子が織り込んであるともいう。もっとも、最後の頃は、眼病が進行していて、選手の見分けがつかなかったというのは切ないかぎりだ。ジョイスがラグビーを好み、たびたび試合場に足を運んだというのは初耳だった。 ラグビー以外にも、『若い芸術家の肖像』、『ダブリナーズ』、それに『ユリシーズ』や『フィネガンズ・ウェイク』の中に出てくる人物や挿話のもとになった話が、当事者自身の口から語られる。ただでさえ謎の多いジョイスの作品群。読書の手がかりになる証言も多い。内容のあらましについては編者による丁寧な序文が参考になる。ジョイス読みにも、これから読んでみようかと思う人にも役に立つ本だと思う。
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