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義珍の拳 集英社文庫
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義珍の拳 集英社文庫

今野敏(著者)

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義珍の拳 集英社文庫

935

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 集英社
発売年月日 2009/05/25
JAN 9784087464375

義珍の拳

¥935

商品レビュー

4.1

17件のお客様レビュー

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2025/12/22

船越義珍という人物を通して学ぶ、近代空手の歴史 読んだきっかけ 作者の今野敏さんのエッセイを読み、さらに調べてみると空手の歴史上の人物に関する本をいくつも書かれていることを知りました。その中で特におすすめされていたのが本書だったため、手に取りました。 内容を一言で言うと ...

船越義珍という人物を通して学ぶ、近代空手の歴史 読んだきっかけ 作者の今野敏さんのエッセイを読み、さらに調べてみると空手の歴史上の人物に関する本をいくつも書かれていることを知りました。その中で特におすすめされていたのが本書だったため、手に取りました。 内容を一言で言うと 松濤館流の創設者・船越義珍の生涯を描きながら、明治以降に沖縄の空手が日本全国へと広まっていく過程をまとめた「近代空手の成り立ち」を伝える一冊です。 得られた学び これまで自分は空手の歴史についてほとんど知らなかったのですが、本書を通して多くを学ぶことができました。特に、沖縄の宝ともいえる「型」の重要性、そして近代空手の確立における船越義珍の役割が、柔道における嘉納治五郎に匹敵するほど大きなものだったと知り、非常に印象に残りました。 感情・印象 「空手バカ一代」のような豪快な物語を想像していましたが、実際に描かれていたのは誠実で心優しく、精神的に落ち着いた船越義珍の姿でした。家族を失うなど多くの苦難を抱えながらも、空手を愛し、その普及に人生を捧げた姿に触れ、当初の期待を良い意味で裏切られました。読後には大きな親近感と尊敬の気持ちが残りました。 自分への影響 空手を学んできたにもかかわらず、その歴史についてほとんど知らなかった自分を振り返り、改めて学び続けることの大切さを実感しました。特に「型こそが空手の本質である」という気づきは、自分のこれからの稽古の姿勢を変えるきっかけになりました。年齢を重ねる中で、型を通じてより深く空手と向き合っていきたいと思います。また、人事の仕事にも通じる「基盤を知ることの大切さ」を再認識できました。 最後に一言 空手の基礎的な歴史を楽しく学びながら、実践へのモチベーションが高まる素晴らしい本でした。空手を学ぶ人はもちろん、日本文化や武道に興味のある方にもぜひ手に取っていただきたい一冊です。

Posted by ブクログ

2024/11/29
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

沖縄武術シリーズもゴールかもしれない 松濤館流の創始者である船越(富名腰)義珍の 物語は時代の影響をモロに受けており、最後の 古き唐手の教えを受けた幸運、沖縄の王の時代 の終焉は武士としての栄誉を受ける事なく義珍 の強さを誇る場を失い、日本国の一部となる時 の差別と、本来秘密である唐手を体力増強も兼 ねた体操モドキに改良して普及を図る 沖縄の宝である唐手を遺すため広く普及用の形 を創作した師匠糸洲(現在空手の平安の創作や 抜塞・観空等従来形を改造して大小分けた)の 後を継いで学校で教えたり東京での披露する機 会に講道館嘉納治五郎との出会いで内地での活 動を開始する、その後沖縄手を巡る意見の相違 体力増強と腕力・スピードを主体に鍛える事を 中心に大学4年間での成果を求める息子と衝突 病気と戦争による別れなど終盤は読んでいても もの寂しい気持ちになるものの、武士サールー の本物を見せ続ける事の大事さに早く気が付け と歯がゆい思いもした

Posted by ブクログ

2024/07/10

空手を習っている人、空手が好きな人には是非読んで欲しい。 運命に導かれるように沖縄だけのものだった唐手を日本本土に普及させる大役を担った船越義珍の生涯。 なぜ、船越義珍氏の強い思いとは裏腹に本土への普及とともに空手の本質が見失なわれ、スポーツ化してしまっていったかがわかった。...

空手を習っている人、空手が好きな人には是非読んで欲しい。 運命に導かれるように沖縄だけのものだった唐手を日本本土に普及させる大役を担った船越義珍の生涯。 なぜ、船越義珍氏の強い思いとは裏腹に本土への普及とともに空手の本質が見失なわれ、スポーツ化してしまっていったかがわかった。(しかし今現在、沖縄空手が見直され少しずつ取り戻されてると僕は思う) 義珍氏同様、空手を愛しつつも強くなる方法や普及に対して異なる意見を持っていた本部朝基。二人が少ない接点ながら深く交流していたのは意外だった。

Posted by ブクログ