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この日をつかめ
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 1971/03/30 |
| JAN | 9784102049013 |
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この日をつかめ
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1976年ノーベル文学賞作家、ソール・ベローはアメリカの小説家で、シカゴ大学教授、名誉博士を30年勤める。2005年89歳没。1956年原題『Seize the Day 』発行、1971 年、新潮文庫『 この日をつかめ』で出版される。 あらすじは、育ちは良いが人生岐路に立たされ...
1976年ノーベル文学賞作家、ソール・ベローはアメリカの小説家で、シカゴ大学教授、名誉博士を30年勤める。2005年89歳没。1956年原題『Seize the Day 』発行、1971 年、新潮文庫『 この日をつかめ』で出版される。 あらすじは、育ちは良いが人生岐路に立たされている男のお話し。仕事も辞めて妻とは離婚調停中のこの男、生活資金に困窮し一発逆転を狙って、全財産を相場につぎ込むのだが...共同出資者には逃げられ、妻からは養育費の催促。いよいよ困り果て、ホテル暮らしの隠居の父親に、金の無心をする。この惨状にほとほとあきれ返った父親は激怒、男は這々の体で退散する。ラストは...こんな、普通のどこにでもありそうなお話しなのに、読まされる。流石はノーベル文学賞受賞作家と感心した。
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学生の時に購入して途中で読みやめてそのまま30年近く本棚にあったのを、今回処分する前に読んだ。 ソール・ベローは1976年にノーベル文学賞受賞。 44歳のセールスマンをクビになった男の1日の話。舞台はニューヨークのホテル。投資の話も人生がうまくいかなくなる話も大学生の私にはよく...
学生の時に購入して途中で読みやめてそのまま30年近く本棚にあったのを、今回処分する前に読んだ。 ソール・ベローは1976年にノーベル文学賞受賞。 44歳のセールスマンをクビになった男の1日の話。舞台はニューヨークのホテル。投資の話も人生がうまくいかなくなる話も大学生の私にはよくわからなかったが、今ならわかるしすんなり読めた。金がなければ人じゃないというピリピリした感じ。都会の嫌な面はあるいは東京でも同じか。 本書をすんなり読む下せるようになって、人間的に成長したかはわからないが、確実に人生は積み重なっていくんだな、と思ったのでした。 明るく希望に満ちた話ではないので⭐︎一つマイナスしました。
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私はサクセスストーリーや「努力が報われた」的な人生の成功話よりも、むしろ運にも見放され、やることなすこと全てが自分が想定しなかった裏目となるような失敗話を読みたいという思いが強い。なぜなら人生は成功よりもむしろ失敗にこそ学ぶべきものが多いと確信するから。 この物語の主人公は、大...
私はサクセスストーリーや「努力が報われた」的な人生の成功話よりも、むしろ運にも見放され、やることなすこと全てが自分が想定しなかった裏目となるような失敗話を読みたいという思いが強い。なぜなら人生は成功よりもむしろ失敗にこそ学ぶべきものが多いと確信するから。 この物語の主人公は、大学生の時に映画会社のスカウトの言葉に乗って家族の反対を押し切り大学を中退して映画スターを目指したところから「転落」が始まる。 その後、俳優として芽が出ないまま転職及び失職、結婚及び離婚、そして投資話に乗って残りの金銭的蓄えの喪失危機を迎え、家族、地位、仕事、お金という一定の人生経験を積んだ者なら多少は手に入れていると思われる社会的財産を根こそぎ失おうとしている。 ここで重要なのは、これらの「転落」がすべて主人公の意思によっていることだ。 主人公の意思が“偏向的に”強固なのは、ハリウッドを目指してから親にもらった名前“ウィルキー”を捨て、自分で名付けた名前“トミー”を名乗り続けていることでも伺える。 これによって主人公は自分の名前を自分の好きなように名乗れるという自己満足を得た代わりに、父親との友愛関係を決定的に歪めることになるのだが… 読み進めていくうちに、主人公がなぜ肉親などの自分に近しい者の意見や忠告を素直に聞かずに強硬に自己を主張するのに、自分に言い寄ってくるペテン師まがいの奴らの言うことを簡単に(安直に)自分に合うものと認めてしまうのか、理解が苦しくなったし、おそらくは誰もがそう感じることだろう。 しかしながら、自己矜持が強い者にとって、あるいは陥りやすい二律背反なのかもしれない。 だけど、自分で正しいと決めた道をひたすら進む人生が全て裏目となってしまった場合、自己決定した責任すべてを負わなければならないというのもかなり酷な話ではある。 これは優柔不断とか我儘とかの簡単なキーワードで括ってよい問題では決してないのではないか? そもそも、自分の好きなような生き方にしろ、我慢と忍従と迎合とで折り合いをつける人生にしろ、人生の成功や失敗はどちらの場合でもあり得ることだ。 この物語の主人公の生き方や考え方を否定し反面教師にして正反対に振舞えば成功が得られるって単純な話じゃないだろう。 ベローも逆戻りできない人生について「だったらどうすべきだったか」なんて描写はしていないし、そんな生き方の模範解答めいたものなんか、個々異なる人生にとって全く意味をなさない。 どうすべきかよりも、そうなってしまった場合にどう立ち向かえば人生の意味を勝ち得るかが大事であって、その正答は今まで誰も到達し得ていないと思うけど、ベローはラスト近くで主人公に意外とも思える感情の動きをさせ、その正答に近づこうとしているように思える。 ここで詳細を示すことはマナー違反だから、「涙」というキーワードのみを示すことにする。 正直、私はなぜ主人公が涙を流したのかが今もわからないし、涙を流したことで主人公の将来がどうなるのかなんて全く予想がつかない。 しかし1つ言えるのは、私がもし主人公と同じ境遇に陥った時、いや、同じ境遇に行かないまでも人生というものに強く打ちのめされた時には、はじめて主人公の涙の意味を合点し、そしてベローの深遠な描写力に心の底から感じ入ることになるに違いない。
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