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戦争と罪責
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戦争と罪責

野田正彰(著者)

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戦争と罪責

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 1998/08/10
JAN 9784000236065

戦争と罪責

¥2,860

商品レビュー

4.5

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みんなの感想まとめ
  • 戦争の残酷さ
  • 罪責の意識
  • 日本軍の行動
  • 兵士の体験談
  • 軍医の視点
  • 歴史の記録
  • 未来への警鐘
  • 過去との対話
  • 撫養収容所の真実
  • 戦争の記憶

戦争の残酷さや罪責について深く考えさせられる内容が展開されており、特に日本軍の行動に関する詳細な記録が印象的です。過去の戦争に対する理解が不足している中で、著者は兵士や軍医、憲兵の視点からの体験談を通じて、戦争の実態を明らかにしています。特に撫養収容所での出来事は、他の書籍では触れられない貴重な情報が含まれています。読者は、戦争によって引き起こされた痛みや罪の意識がどのように受け継がれているのかを知ることができ、過去と向き合う重要性を再認識させられます。戦争の記憶が薄れつつある今、未来の世代のためにも、このような事実を知り、忘れないことが求められています。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/04/11

きつかった。とってもきつかった。 精神病理学者である著者が、将校・軍医・憲兵など当時さまざまな立場で従軍した当事者たちへの聞き取りをもとに、彼らが罪の意識をほとんど「持っていない」という愕然とする事実を解明していく。 聞き取りの対象と内容 主な聞き取り対象は、遼寧省撫順市にあっ...

きつかった。とってもきつかった。 精神病理学者である著者が、将校・軍医・憲兵など当時さまざまな立場で従軍した当事者たちへの聞き取りをもとに、彼らが罪の意識をほとんど「持っていない」という愕然とする事実を解明していく。 聞き取りの対象と内容 主な聞き取り対象は、遼寧省撫順市にあった中華人民共和国の撫順戦犯管理所に収容された戦犯認定された人々である。 個人としての告白を読んでいるのだが、中国を侵略したときの虐殺、拷問、生体実験の描写があまりにも凄惨で何度も読む手が止まった。「ムカムカしたから」という理由だけで村人を機関銃で撃ったり、女性と見るや仲間と連れ立って強姦したり。あまりにも野蛮な行為の数々に、「信じられない」という言葉しか出てこない。 撫順戦犯管理所という場所 収容されていた戦犯たちは、自分たちが中国人に対して行ってきたことを知っているがゆえに、今度は自分たちがどんな仕打ちを受けるのかと戦々恐々としていたという。自分たちがやってきたことを棚に上げて、いったいどの面を下げて、と言いたくなる。だがそういう認知のあり方こそが、戦時中に作られてきたものなのだろう。 実際の撫順戦犯管理所は、人道主義政策に基づいた場所だった。強制労働はなく、食事・運動・文化・学習あらゆる面での保障があり、「相手の文化を尊重せよ」という方針から、中国人たちが食べ物に困っている状況の中でも収容者には白米が与えられていた。肉親や友人を日本軍に殺された職員たちが大勢いたにもかかわらず、人間としての尊厳を奪いつくした日本人に、尊厳を保ったまま生活できる環境が整えられていたのである。 罪の意識の欠如 なぜ彼らは「悪い」と思えないのか 最も衝撃的だったのは、聞き取りに応じた当事者たちに罪の意識がほとんどないことだった。正確に言えば、「悪いことをしたとは思っているが、あれは命令されてやったことだ、状況的には仕方なかった」という主張をする人が多かった。 著者はこれを「行為者としての責任の放棄」として批判する。「上官の命令を承ることは、直ちに朕の命を承る義なり」という軍人勅諭を盾に、「悪いのは命令者であり、自分たちはむしろ被害者だ」と言う。 この構図は旧兵士だけの問題ではないと著者は指摘する。敗戦後の日本人の多くも、戦争中の残虐行為を知るたびに「悪いことをした」と一瞬思いながらも、同時に「それが戦争というものだ」と思考の上で防衛線を張り、「それ以上言わせないぞ」と過剰に身構えてきたのではないか。 「寝た子を起こすな」「国益を損なう」「賠償を請求されたらどうなる」 そうした感情的な過剰防衛を、戦後世代もそのまま引き継いで生きてきたのではないか。そしてこの論調は最近すごく聞き覚えがある。 感情を取り戻すということ 著者は、撫順戦犯管理所での収容者たちの変化にひとつの手がかりを見出している。自分が殺した相手に「顔」があること、その人が1人の人間であり個人であると認識して、その苦しみや悲しみを想像できるようになること。それは同時に自分自身も苦しみや悲しみを感じる人間であることを取り戻すことだと著者は分析する。 一方で著者は日本人には悲しい、苦しいという感情が鈍麻しており、相手に対して「かわいそうだ」「むごい」と感じる力も自分自身が「つらい」「苦しい」と感じる力も弱いという結論を出している。自他の悲痛に対して無感覚になってしまっている。 現代への問い これはウィークネスフォビア、自分自身の弱さやダメさを直視することへの恐怖と呼べるものではないだろうか。弱さを見ないようにする、そんなものはないと思い込もうとする思考が染み付いた先にこの感情鈍麻があるように思える。 著者は戦争に直接かかわらなかった世代も老兵たちが犯した過ちと、それによって背負った罪悪や苦しみに共感することで、感情をより豊かに耕すことができると言う。知識と同様に、いや知識以上に感情は大切に育てられなければならないと主張している。 当時の日本人だけの問題ではない。おそらくこれは今の日本社会にも続く性格だと思う。だとすればこの本が問いかけていることは、過去の清算にとどまらず、今を生きる私たち自身への問いでもある。 この本が刊行されたのは1998年である。2026年のいま、さらにその問いが重要な情勢になっている。 他者の痛みや悲しみを知覚するには自分の痛みや悲しみを知覚できなければならない。 自分の感情を耕すことがまずその一歩になる。

Posted by ブクログ

2024/11/20

メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1858615466249646293?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

Posted by ブクログ

2023/10/06

兵士、憲兵、軍医とそれぞれの中国大陸での日本軍兵士として、さらに捕虜での撫養収容所での個人的体験の聞き取りの記録であった。撫養収容所での話は他の書籍ではあまり詳細には記載されていないので読むべきものである。

Posted by ブクログ

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