商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | ダイヤモンド社 |
| 発売年月日 | 2008/01/18 |
| JAN | 9784478001233 |
- 書籍
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産業人の未来
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産業人の未来
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ドラッカー名著集 10 産業人の未来 著:ピーター・F・ドラッカー 訳:上田 惇生 出版社:ダイヤモンド社 まさに、大恐慌のさなか、かたや、ドイツでは、ヒットラーが首相となり、ファシズム全体主義の道を歩み始める 一方、アメリカでは、ルーズベルトが、ニューディール政策を推し進めて...
ドラッカー名著集 10 産業人の未来 著:ピーター・F・ドラッカー 訳:上田 惇生 出版社:ダイヤモンド社 まさに、大恐慌のさなか、かたや、ドイツでは、ヒットラーが首相となり、ファシズム全体主義の道を歩み始める 一方、アメリカでは、ルーズベルトが、ニューディール政策を推し進めている この絶望の中で、ドラッカーは我々に問う われわれに残された道は2つしかない 社会として機能する産業社会を構築するか それとも、自由そのものが無秩序や圧制のうちに消え去るを座視するか いずれかである、と 邦訳 「産業人の未来」 は、原著 「The Future of Industrial Man」 である いわゆる連合国側は、その産業人となって、ナチツドイツが崩壊する 1945年まで 産業社会を構築することとなる そしてその中心であるのは、いうまでもなく、アメリカであった 本書で関連するのは、以下の時代である 1909 ドラッカー生まれる 1914-1918 第一次世界大戦 1919 パリ講和会議、ベルサイユ条約でドイツ、天文学的賠償責任を負う 1923 ドイツ、ハイパーインフレーション 1929 ドラッカー経済紙の記者に 世界大恐慌 1932 ローザンヌ会議 賠償額減額 ナチス第一党に 1933 ヒットラー首相に、ワイマール共和政の終焉 一方、アメリカでは、ルーズベルトによるニューディール政策開始 ドラッカー職を追われ、ロンドンへ移住 1939 ドラッカーアメリカへ移住 1939-1945 第二次世界大戦 1942 本書上梓 そして、ドラッカーは 1995年版のまえがきで、すでに産業社会の時代はすぎさり、ポスト資本主義社会、いわゆる、知識社会に突入していることを告げている 気になったのは、以下になります。 ・ヒトラーの選民主義は、まさにその極悪非道な適用をうけることとなったユダヤ人からの借用だった ・政治の世界では、 一方の柱として、信条、目的、希求、価値に関わる目的の世界があり もう一方の柱として、事実、制度、組織に関わる現実の世界がある ・権力の正統性とは機能に関する概念である したがって、絶対の正統性などというものはありえない 権力は、社会の基本的な理念との関連において正統でありうるにすぎない ・通貨と信用を市場に任せるということは、信用創出を政府に任せきりにしないということだった。 ・人類の歴史上、株式会社ほど成功してきた組織も珍しい ・本物の労働者とは、技術者や職人としての誇り、仕事の中身の理解、必要とされる技能、そして、社会的なしかるべき地位と役割をもつ人々だった ・自由とは責任を伴う選択である 自由とは権利というよりむしろ義務である ・自由とは制度ではない、信条である 人間とは誇り高く、しかも罪ある存在であるとの信条である ・フランス革命以前において、イギリスほど血塗られた革命の動乱史をもつ国はほかにはない ・アメリカでは、まず、イデオロギーや完全主義による諸々のプログラムではなく、伝統、自治、党組織を基盤として二大政党制が発達した ・未来を語る前に、いまの現実を知らなければならない なぜならば、常に現実からスタートすることが不可欠だからである 目次 1995年版へのまえがき 第1章 産業社会の行方 第2章 機能する社会とは何か 第3章 一九世紀の商業社会 第4章 産業社会における権力の正統性 第5章 ナチズムの試みと失敗 第6章 自由な社会と自由な政府 第7章 ルソーからヒトラーにいたる道 第8章 一七七六年の保守反革命 第9章 改革の原理 訳者あとがき 訳注 人名索引 ISBN:9784478001233 判型:4-6 ページ数:320ページ 定価:2000円(本体) 発行年月日:2008年01月 発売日:2008年01月18日
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ドラッカーの2作目。1942年、第2次世界大戦のさなかに、戦後の社会を構想している。 ドラッカーによると「識者と友人の多くが本書をわたしの最も優れた著作としている」らしい。 訳者の上田さんによると「本書は、ドラッカーの著作の中でも、最も面白く最も知的興奮をおぼえさせられるもの...
ドラッカーの2作目。1942年、第2次世界大戦のさなかに、戦後の社会を構想している。 ドラッカーによると「識者と友人の多くが本書をわたしの最も優れた著作としている」らしい。 訳者の上田さんによると「本書は、ドラッカーの著作の中でも、最も面白く最も知的興奮をおぼえさせられるものである」とのこと。 1作目の「経済人の終わり」も驚いたが、こちらはさらにスゴい。 ドラッカーは、まだ経営学者ではなくて、社会経済政治の評論家(?)みたいな感じ。 近代の啓蒙主義、理性主義は、全体主義になる。つまり、「これが正しい」とすると、違う意見の人は間違っていることになる。ここには、自由はなく、善意から始まった活動は、最終的には恐怖政治につながる。 全体主義、世界大戦は、商業社会が産業社会に移行する道が分かっていないから。経済利益を中心とする社会から人間中心の社会に構造転換をしなければならない。それは戦後にやるのではなく、戦争中から始めないといけない。 みたいな本かな? 32才の人が書いたとは思えない、深い洞察。圧倒的な教養の厚み。 これは天才ということも超えているな。 個人的には、全体主義と個人の関係みたいなことを最近考えていて、それと関係してハンナ・アーレントを読んでいるのだけど、ドラッカーとアーレント、思考プロセスは違いそうなんだけど、たどり着く結論部分はかなり似ている。 この本は、アーレントの「革命について」(1963)の議論を先取りするような中身になっているな。 理性中心の啓蒙主義、これが正しいというものがあるという思想は、既存の社会を破壊すれば、歴史の必然(?)や人間の本質(?)から、自ずから正しい社会がでてくるだろう、と善意で考えて、革命を起こす。が、結果、うまくいかず、恐怖政治になっていく。 一方、人間の社会には単一の正解はないと考えれば、人間の自由が尊重された社会となる。(違う意見には、ちょっとイライラすることもあるでしょうけど) ちょっと単純化しすぎているかもだけど、ドラッカーもアーレントも、アメリカ革命とフランス革命を比較することを通じて、こんな感じの結論にたどり着いている。 あと、フランス革命やロシア革命が、理性主義、啓蒙主義から生じて、恐怖政治になったという流れは分かり易すく、アーレントも同様の理解をしているところ。が、ナチも理性主義から出てきているというドラッカーの見解は、かなり驚き。 ナチといえば、大衆のプロパガンダがイメージされて、反理性主義という感じなんだけど、これは、心理学とか、生物学とか、つまり、身体や心を科学的に取り扱うところからでてきているということ。このへんのところは、なるほどと思うところと「?」が残ることなのだけど、いずれにせよ思考を活性化させる本ですね。 強引にまとめると、 ・社会経済が産業化して、生産の自動化、大量化、効率化が進むことによって、人間の仕事の単純化や失業の増加が生じる。これらによって、いわゆる「疎外」が生じて、人間は社会における位置づけを失う。(ここまで、マルクス、アーレント、ドラッカーは同じ見解) ・しかしながら、この状態を一つの正しい理論で合理的に解決することはできない。それは全体主義、恐怖政治につながる。社会の基盤は、人間の不完全性、多数性にもとづくことが必要である。(ここまで、アーレントとドラッカーは同じ見解) ・すでに生じている産業化から昔に後戻りすることはできない。全体主義社会は、産業化の問題を、戦争という目的にむかって、統合、解決したが、これは普遍的な解決にはなりえない。産業社会を運営するポジティブな目的が必要である。そして、その解決策は、今、存在するものを活用してやっていくしかない。(これから全く新しいツールをつくることはできない)経済的利益中心の世界から人間中心の世界に変革し、人間に社会的な目的とポジションを与えていく鍵は、企業である。つまり、企業のコミュニティ化が必要である。(ドラッカーの見解) お〜、これは「学習する組織」の考えと一緒ではないか。そして、「強み」にフォーカスするポジティブアプローチにも通じるかも。 あと、ドラッカーがマネジメント関係の本で、利益は企業存続の条件であるが、目的ではない。企業は社会、顧客に価値を提供する、貢献する存在である、という考えをよく書いているけど、その背景の思想がクリアになった感じ。 つまり、ドラッカーは、その後の経営学を先取る概念を次々と出しているのだけど、その目的は、企業が競争優位を築くことではなく、企業が人間的な社会に貢献できることだったんだ!!! 自分のやっていることが、なんか壮大な歴史的なパースペクティブのなかで、意味が通じた感じ。
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社会における「位置」と「役割」を明確にしなければ、社会は機能しない。会社もしかり、介護現場もしかり。
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