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正法眼蔵(1)
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正法眼蔵(1)
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商品レビュー
4.5
7件のお客様レビュー
正法眼蔵の原文と現代語訳が載っていて大変読みやすくなっている。 現成公案・・・悟るとは何か。 一顆明珠・・・世界とは一粒の珠である。 洗浄・・・生活にすることはめっちゃ大切 礼拝得髄・・・悟りを開いた者には、年齢も性別も関係ない。誰にでも学べ。 渓声山色・・・自然の中に悟りあり...
正法眼蔵の原文と現代語訳が載っていて大変読みやすくなっている。 現成公案・・・悟るとは何か。 一顆明珠・・・世界とは一粒の珠である。 洗浄・・・生活にすることはめっちゃ大切 礼拝得髄・・・悟りを開いた者には、年齢も性別も関係ない。誰にでも学べ。 渓声山色・・・自然の中に悟りあり。 諸悪莫作・・・悪をなすな、善を行え。これが仏の教えなり。 有時・・・全ては移ろいゆく。時こそ実在である。 袈裟功徳・・・袈裟を着ないなら悟りは開かない。とっても大事なものよ。 伝衣・・・袈裟の大事さについて。袈裟とは何かについて。袈裟功徳と重なるところあり。 道元は男女平等の思想であることが印象的。
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「摩訶般若波羅蜜」は道元の所見はほとんど見られず、全体を通して般若経典の内容を引用して、そこに感想を少し述べているだけである。 智慧の素晴らしさについて対談形式で述べさせて、それを道元が肯定すると言った内容。 「現成公案」奥書によって記されているがこれは、弟子に与えたもの。 ...
「摩訶般若波羅蜜」は道元の所見はほとんど見られず、全体を通して般若経典の内容を引用して、そこに感想を少し述べているだけである。 智慧の素晴らしさについて対談形式で述べさせて、それを道元が肯定すると言った内容。 「現成公案」奥書によって記されているがこれは、弟子に与えたもの。 悟りの成立の機敏をまとめたもの。 悟りを得ると言うことは、水に月のやどるがごとし。 風性常住、無処不周なり→なんで扇を使ってるのですか?→風は確かにあるが扇を使わないと風は起きない。 本来持っている仏性は修行しないと現れないと言う意味で用いたと拝察した。 「一顆明珠」→玄沙師備が吐いた言葉。 尽十方世界これが一顆の明珠であるということ。 尽十方とは、あれだこれだと見たり挙げたりすることはできない。 世界はどうなってるのかとか理解してもしょうがない。ただ明珠であり、明珠とは自己なり。 正直訳がわからん。明珠って結局なんやねん。全ては光り輝いてるってことであり、それを理解してどうするんだってことかな? 「即心是仏」→即心是仏とはなにかという内容。道元はこれを発心、修行、菩提、涅槃とし、これをしてない者は即心是仏ではないとした。例え一瞬でも発心、修行したら即心是仏であると。 また、セーニャという外道の教えを信じる者(霊性があり肉体が滅びても霊性は残る)火事の家を例え話をするこの者を批判してる内容となっている。 割とわかりやすいが、霊性を否定すると言うことは、今の先祖供養を道元は否定していると言うことなのだろうか。 「洗浄」→仏教とは、単なる抽象的な思惟のいとなみではなく、人間の生活の上に具体的に実現されなくてはならない。 大小便の話が主だと思っていたが、じょうはつ、爪を切ることも戒めていたことに驚いた。 師匠の如浄はじょうはつをしない者はちくしょう畜生ともいった。爪を切らない者は外道と道元はいった。また、洗浄を作法に則ってしないものは、三宝を礼拝するな、また人からも礼拝を受けるなとかなり厳しく示している。東司に入ってから、手を洗って出るところまで、また東司で人に会った時の挨拶にまで細く示していることに驚愕する。川辺での大小便のやり方も示している。作法に則ってないなら仏祖の功徳は円満しない。 「礼拝得随」→まず善知識に会うことは難しいということ。仮に会えたら余計な見方をしてはいけない。 また、男女を論ずることはならない。とにかくこの巻の8割はここにつきる。女人だからといって、下に見ることはやめ、仏教の教えを学んでいるものには礼拝することが肝要であると。ただ、大臣の娘とか皇后とかにヘイコラと頭を下げるのは違う。大事なのは人ではなく法。道元は、男女差別をやめろというか、法があるかないかが大事だと考えてる。 女人を見ないとか、アホかとか、女人の修行道場出禁とか過去のことを考えればおかしいってわかるだろうとも。お釈迦さまの集まりには、比丘、比丘尼、うばそく、うばい、四衆が集まってたんだからさと。 「谿声山色」→初心忘れるべからず。前世の行いが自分の仏道の道を邪魔するなら仏に懺悔すべし。そしたらそれを祓ってくれる。おそらく、発心し、修行した者じゃないと「谿声山色」はあっても「谿声山色」として捉えることは出来ない。つまり悟ることは出来ないという話である。また、名利を求めること国王大臣のために供養することを仏道と勘違いするのはやめろと。憐れむのはいいが、それは仏道ではない。「谿声山色」どんなものでも法をとく。けどこちらが受け取る力、体制が整ってないとダメなんだろうなと思った。
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2024年9月21日、図書館にて。国立国会図書館から貸出されている、西田文郎「人望の法則」の中で紹介されている本のひとつ。同じタイトルで色んな著者がいるので、とりあえずこの本をブクマしておく。
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