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近代という躓き
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近代という躓き

高坂史朗(著者)

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近代という躓き

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 ナカニシヤ出版/
発売年月日 1997/06/10
JAN 9784888483674

近代という躓き

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2011/09/17

明治以降、「偉大な」と形容される日本の思想家たちは、自分たちが西洋と東洋が出会う最前線に立っているのだという自覚の下に、両者を統合する道筋を探るという仕事をみずからに課した。たとえば西田幾多郎は「形而上学的立場から見た東西古代の文化形態」などの論文の中で、西洋の「有」の文化と東洋...

明治以降、「偉大な」と形容される日本の思想家たちは、自分たちが西洋と東洋が出会う最前線に立っているのだという自覚の下に、両者を統合する道筋を探るという仕事をみずからに課した。たとえば西田幾多郎は「形而上学的立場から見た東西古代の文化形態」などの論文の中で、西洋の「有」の文化と東洋の「無」の文化を両極に置いて、東西の文化形態の対話・総合の可能性を追求している。 だが、東西の総合は日本人にとってのみ課題だったわけではない。中国、朝鮮半島、インド、東南アジア諸国、さらには中央アジアや西アジアの人々にとっても課題であったはずだ。はたして彼らは「極東の日本人がアジアを代表して「東洋文化」論を展開することに同意しうるのか」、さらには「西田の言葉をもう一度出せば、「柳は緑に花は紅の大乗仏教の真意は日本文化の如きものに於て見出されなければならない」という言葉を、大乗仏教を受容し、その文化を育んできた他のアジアの人々が噴飯せずに聞けるだろうか」と、著者は問いかける。 本書の第1編では、日本と西洋との出会いの中で生まれた「和魂洋才」の考えと、朝鮮の「東道西器」、中国の「中体西用」の中身を検討している。第2編は、西洋「近代」の政治・経済的側面や科学的合理性の側面の検討を通して、「近代」という概念の検討をおこなっている。第3編は、日本が外来思想にどのように対処してきたかということをたどっている。江戸時代の伊藤仁斎の儒学受容、本居宣長の「物にゆく道」の考え、尊王攘夷論、「大東亜共栄圏」という発想などが取り上げられている。 最後の第4編は、個人的にもっとも興味があった。著者はここで、明治以降の日本におけるヘーゲル哲学受容史をたどりながら、東西文化の「総合」という発想がどのような哲学的背景の下で論じられてきたのかということを実証的に解明している。

Posted by ブクログ

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