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『ユリシーズ』案内 丸谷/才一・誤訳の研究
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『ユリシーズ』案内 丸谷/才一・誤訳の研究

北村富治(著者)

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『ユリシーズ』案内 丸谷/才一・誤訳の研究

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 宝島社
発売年月日 1994/10/25
JAN 9784796608664

『ユリシーズ』案内

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2013/03/07
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副題に「丸谷才一・誤訳の研究」とある。最初にことわっておくが、著者は何も丸谷才一のあら探しをしようと思ってこの本を著したのではない。著者は英文学者でもなく、プロの翻訳家でもない。文学には素人の銀行員である。ただただ、ジョイスが好きで『ユリシーズ』を読もうと思い立ち、何年もの間、暗誦ができるくらい原書を読み、度々ダブリンにも赴き、地道に研究を重ねた結果、丸谷訳には誤りが多いということに気づいたのである。 今ひとつ押さえておくべき点がある。本書が出版されたのが、1994年。丸谷他二人の訳者による集英社版『ユリシーズ』が出版されたのが、1996年である。つまり、ここで著者が俎上に挙げているのは、同じ顔ぶれの訳者たちが1964年に出版した河出書房新社版、つまり旧訳の『ユリシーズ』である。なあんだ、と思われるかも知れない。そんな古い訳の問題点を拾い上げてみたって何の意味があるのか、とも。しかし、評者には非常に面白かった。 集英社版の『ユリシーズ』は、ギフォード、ソーントンをはじめとするジョイス研究家の解釈をぎっしりと脚注に詰め込み、これ一冊あれば大丈夫という意気込みの見える、いわば日本語訳『ユリシーズ』の「定本」を目指したものである。ただでさえ難解という定評のあるジョイスの『ユリシーズ』を原語で読める数少ない読者以外、一般の日本人がジョイスにふれようと思ったら、まず手にとるだろうと思われる現在のところ最も信頼できる完訳日本語版『ユリシーズ』が、丸谷他訳の集英社版であることに異論はないだろう。 著者の指摘によれば、誤訳だらけであったその丸谷訳(三人の共訳であるが便宜上代表者は丸谷氏であるので)が、30年もそのまま放置されていたのに、この本が出てわずか二年後に新訳が出たことがまずは面白い。著者によれば、丸谷氏は、旧版後書きで、「お気づきの点について読者諸賢のご教示を賜ることができればこの上ない幸いである。」と結びながら、疑問点について質問した著者の手紙には「梨のつぶて」だったそうだ。そういう意味で、この本は、丸谷氏に対する著者のいわば公開質問状だった。 柳瀬尚紀氏の『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳が、時ならぬジョイスブームを巻き起こし、出版社を刺激したことは充分考えられるが、名指しで誤訳を指摘された「公開質問状」に対する返事が、集英社版の刊行という形になったとも考えられる。それでは、返答はどうなっているだろうか。著者は原文、丸谷訳、その疑問点、著者による試訳という形で稿を進めている。評者は150にも及ぶ疑問点の一つ一つを、新訳と照らし合わせてみた。 その結果、著者による指摘はわずかなものを除いて、ほぼ全面的に新訳に反映されている。直接指摘どおりに訳し直しているものも少なくない。脚注で採り上げているものも含めれば、かなりの数が著者の指摘があたっていたといえる。それでは、変わらなかった点はどうなのだろうか。著者のまちがいなのだろうか。評者もずぶの素人であるから、辞書を片手にジョイスの原文にあたってみた。 結論から言えば、いくつかの点で著者の解釈の方が妥当と思える部分が多々残っているように思う。一つだけ例を挙げれば、第5挿話に出てくる二人の娼婦の歌。 ≪あら、メアリのズロースのピンがない。 どうしていいかわからない、 それがずりおちるのを留めるには それがずりおちるのを留めるには≫ リフレインの部分、To keep it up は、第11挿話のブルームの内的独白にも再び登場する。このように、場所を変え、時間をずらしながら、何度も同じ事柄や歌、言葉が全編に響き交わすのがジョイスの文体の特徴である。一つの訳語がいつもどの場所でもうまくあてはまるとは限らない。 娼婦の歌は、第11挿話では、ブルームが妻に隠れて文通しているマーサに返事を書いているところで出てくる。子どもが死んでから妻としっくりいっていないブルームはマーサ相手に想像上の浮気をしている。問題は“it”が何を指すかだ。普通ならズロースだろうが、drawersは文法上複数だから、これを受けるならthemになる。To keep it up は 著者の言うように、“it”をpin(penisの暗喩)と解釈し「それが下がらないように、勃こり立つように」と訳さないと、意味が通らない。 ただ、全体的に見れば、著者の問題提起は『ユリシ-ズ』を日本語で読むということについて多大な貢献をしたというべきだろう。丸谷氏から著者に何らかの挨拶があったかどうかは知る由もないが、読者にとって、より正確な翻訳がもたらされたという結果に著者は満足されているのではないか。

Posted by ブクログ

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