ランナーは太陽をわかちあう の商品レビュー
今年の東京マラソンで、沿道で生のキプチョゲの走りを見た。素人目でもきれいな走りだと思った。 キプチョゲの人となりが分かる一冊。読んで良かった。
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パリ五輪の盛り上がりを見込んでの上梓、発行のタイミングだったろう。 副題に「ケニアの伝説的ランニングコーチと世界王者たちの物語」とあり、”世界王者“には、キプチョゲとのルビが振ってある。 残念ながら、キプチョゲは不発に終わった(途中棄権DNF)。 とはいえ、彼を育んだケニアの陸上競技をめぐる育成プログラム、トレーニング方法と、そこでの指導者であるパトリック・サングを中心に、今、マラソン界を席巻するケニア・パワーの根源を探るルポルタージュ。 なにより、タイトルが良い。 文中も、何回か、早朝に練習を始める選手たちの環境を、太陽や自然の風景を踏まえ、叙情的に描写する。 「太陽が目覚め始めた。朝にしがみついている月が、空にライラックの色合いを広げている」 「午前6時15分の少し手前から陽が差し始めると、ヒノキの木々の上にかかる霧が見えてきた。早朝の鳥たちのさえずりが、手つかずの緑豊かな田舎の光景にさらなる平穏を与えている」 章ごとに挿入されるケニアの国木アカシアのシルエットと共に、未明の不整地を黙々と、だが、猛烈なスピードでデイリーのノルマを果たすトップアスリートの姿がありありと目に浮かぶようだ。 人類初の2時間切りの偉業を果たしたキプチョゲも、一朝一夕に誕生したわけではなく、1980年代から、パトリック・サングが切り拓いてきた陸上競技に賭けた思いが、21世紀に結実したものであることがよく分かる。 サングの教えも、単なる走るスキルではなく(むしろ、そうした教えはほとんど出てこない)、人間性をいかに豊かにしていくかという人生哲学のようなものが多い。 「人には居場所が必要だ。それを通じて、成長し、人間関係を築いていけるからだ」 「人生は地面に注がれた水のようなもの。自然に行くべき方向を見つける」 パリ五輪のマラソンで、キプチョゲは残念な結果に終わった(それでも、ケニアの選手は3位に喰い込んでいる)が、本書では、先の東京マラソンでのキプチョゲの優勝シーンがひとつのハイライトとして描かれている。 その優勝を見届けて、コーチであるサングは、こう語る。 「信念を持ち、何かを見事に成し遂げる人のことを見守るのは素晴らしい経験だ」 「それは自分自身にとっての学びにもなる。何かを信じるのはいいことだ」 指導者として選手を信じ、導いてきた誇りと喜びの滲み出た言葉だ。2大会連続の金メダル獲得という偉業(五輪での二連覇は3人目、40年ぶりの快挙)は、今後も、祖国ケニアでトレーニングに励む後進に大きな力を与えることだろう。 太陽のような、大きなエネルギーが、彼らの背中を押しているのが見えるようだ。
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