宇宙開発の思想史 の商品レビュー
宇宙開発の「競争」についてではなく、「思想」に焦点を当てている点が新しい。そして宇宙という場所が、ある程度手の届く可能性にあるからこそ、これまでと同じ考え方で開発を行っていいものなのか、何か新たな考え方——パラダイムが必要なのではないかという、建築学を専門とする著者なりの危機感が...
宇宙開発の「競争」についてではなく、「思想」に焦点を当てている点が新しい。そして宇宙という場所が、ある程度手の届く可能性にあるからこそ、これまでと同じ考え方で開発を行っていいものなのか、何か新たな考え方——パラダイムが必要なのではないかという、建築学を専門とする著者なりの危機感が強く反映されている本だった。 人類がこれまで歩んできた宇宙進出の歴史を7つのパラダイムに分けることで、それぞれの思想がどのように宇宙開発に影響を与えたのか。そこにはただ科学技術によって宇宙を目指すというだけでなくーー例えば自国を強く見せるためのコマーシャリズムであったり、推進者の思想が反映されたーー時に宗教的とも言える考え方が存在しており、良くも悪くもそれらは人類が宇宙へ進出するための推進力となってきた。 『宇宙・肉体・悪魔』の著者として有名なJ・D・バナールの章では彼の略歴とともに宇宙観が語られていく。宇宙開発において”壁”となりうる要素を3つにまとめた『宇宙・肉体・悪魔』の先見性はいまなお根強い。中でも興味深かったのはアポロ計画で知られるヴェルナー・フォン・ブラウンの章で、宇宙開発競争において英雄的活躍をしてきたと思っていた人物だっただけに思想面からの危うさを訥々と語られて衝撃だった。また、SF作家であるアーサー・C・クラークについても一章まるごと当てていて宇宙開発とSFの関連の深さが知れる。 本書はこのようにして、それぞれの時代における重要な思想——パラダイムがどのように”影響し合ってきたのか”を概観し、繋がりを見出すことを可能にする。それによって現在行われている宇宙開発——NASAやスペースXやブルーオリジンが目指す地平が、先人たちの思想を何かしら受け継ぎ、影響を受けながらここまで辿りついたこと。そしてすでにレガシーと成りつつある「宇宙へ行き、人類を長く繫栄させる」という思想から、一歩先に進んだ何らかのパラダイムが必要なのではないか――とまでは言わないにしても、ただ盲目的にイーロン・マスクやジェフ・ベゾスの思想に追随することの危うさを説く。 宇宙開発好きとしては歴史や研究成果以外の面からこの分野にアプローチしていて発見も多く刺激的な本だった。ヴェルナー・フォン・ブラウンの章は特に。
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