さまざまな空間 増補新版 の商品レビュー
「生きること、それは空間から空間へ、なるべく身体をぶつけないように移動することなのである」。居住空間から道、街、国、宇宙まで、人間を取り巻く〈空間〉についての覚書。 これめちゃくちゃいい。本国ではペレック入門として人気があるというのも納得。 まず一番最初の〈空間〉が「ページ」...
「生きること、それは空間から空間へ、なるべく身体をぶつけないように移動することなのである」。居住空間から道、街、国、宇宙まで、人間を取り巻く〈空間〉についての覚書。 これめちゃくちゃいい。本国ではペレック入門として人気があるというのも納得。 まず一番最初の〈空間〉が「ページ」で次は「ベッド」というのが憎い。ページは本というメディアのトポスだったり思考のための空間を表しているんだと思うが、まさにベッドに寝転んでこの本を読んでいる場合、「ページ」という目の前30cm四方くらいの空間から「ベッド」という全身が横たわる空間への意識の広がりが体感できるのである。それは2Dから3Dへの移行でもある。 章が進んで扱う範囲が大きくなるたびに頭のなかで空間の3Dモデルが入れ子になっていき、最後には宇宙もすっぽり包まれてしまう〈空間儀〉とでも呼ぶべき代物が脳内にできあがった。だが、その中心にはこの本のページを開いている私がいる、というこの構図こそペレックが狙ったものじゃないだろうか。 ペレックは文中に本のアイデアをぽんぽん書き込んでいて、「ぼくが眠ったことのある場所」のリスト化計画なんてとても魅力的だ。さすが『美術愛好家の陳列室』の人なだけあってリストの快楽をわかっている。部屋を機能で分けるのではなく例えば曜日別に月曜室、火曜室なんてのを作ったらどうかという考えは実際モダニズム建築っぽいアプローチだし、惜しげもなく"思考の種子"を散りばめていくところに寺山修司っぽさを感じる。 と、ユーモラスでこざっぱりした哲学的エッセイとして読み終えたのだが、訳者あとがきでペレックの来歴を知って驚いた。こんなゼーバルトの小説の主人公みたいな境遇の人だったとは(そもそもユダヤ系だということも)知らなかった。人種ごとに分かれたカルチェ(地区)についての見解や「移動について」のセクション、終わりぎわの「空間はけっしてぼくのものではないし、ぼくに与えられることもない。自分でつかみとらなければならないのだ」という言葉の響きが変わってくる。 巻末には本文に採用されなかった草稿が写真付きで掲載されている。収容所について書いた草稿には、紙の裏に描かれた逆さの骸骨の絵がうっすらと浮かび上がっていた。
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