網野善彦 対談セレクション(1) の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
網野善彦さんは常民・庶民の目線から時代を切り取ってきた人だ。司馬遼太郎さんとの対談では、時代の区切りを支配者層の交代といった統治構造に置くのではなく、鉄器のような民具のイノベーションから土地利用や武装といった面の常民たちの生産力向上を見る等の考えがある。 つまりは常民たちの余剰によって生かされている公家や武家、僧といった存在がその影響力を高めるためには、常民たちの生産性を上げて地域社会全体を富ませる必要がある。そして稲作の農民中心という理解の仕方では、そのプロセスには限界があり非農業民たる森や海に住む人々たちとのダイナミックな交易こそが重要であると説く。 古文書を中心に紐解く歴史学の流れでは、どうしても体制中心とした社会構造理解に偏ってしまうが、常民の家庭の中に残された文書や民具といった痕跡を辿ることで、体制の外に置かれた人々の実像が見えてくる。網野氏の功績とは、そのような丁寧な文献調査から組み立てられた立体的な歴史観を見出したところにあるのだろう。
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網野善彦没後20年ということで、岩波文庫からは『中世荘園の様相』と主著の『日本中世の非農業民と天皇』が、また岩波現代文庫からは2冊の”対談セレクション”が刊行される。 網野さんの本は、一般書であれば刊行されたものを大体同時代的に読んできたので、「そうか、亡くなられて20年経つ...
網野善彦没後20年ということで、岩波文庫からは『中世荘園の様相』と主著の『日本中世の非農業民と天皇』が、また岩波現代文庫からは2冊の”対談セレクション”が刊行される。 網野さんの本は、一般書であれば刊行されたものを大体同時代的に読んできたので、「そうか、亡くなられて20年経つのか」と感慨深い。百姓は農民ではない、昔から日本国、日本国民があったのではない、日本の東と西は別の世界、無縁と自由の問題など、当時はかなり刺激的な主張と感じながら、その著作に親しんだものだった。 本書に収録された対談は9編、その相手は、司馬遼太郎、森浩一、黒田俊雄、石井進、永井路子、永原慶二、廣末保、高取正男・原田伴彦、中泉憲の10名。議論のやり取りを通して、網野氏がこれまで主張されてきた考え方や論が分かりやすく説明されていたり、また対談相手の言及によって新たに触発されたと見えるところがあったりするなど、対談ならではの面白さが感じられた。特に永原慶二氏との対談では、二人の歴史観がぶつかるように見える場面もあり、それぞれの単著や論文では分からないところを垣間見ることができたように思える。 各対談では歴史の専門用語だったり、概念や学説、固有名詞がバンバン出てくるが、ここまで記述するかというほどの詳しい校注が付されており、正確な知識を得ることができてありがたい。 校注と言えば、一つ書き留めておきたい。司馬遼太郎との対談の中で、夷千島王が朝鮮国王に『大蔵経』を送ってほしいと使者を出したという話題が出ている。この夷千島王のことは室町時代のことを書いた概説書によく書かれており、その正体について安東氏あるいは北方の有力者と言われていることも知っていたのだが、最近は対馬島民説が有力視されているとのこと(53頁、注25)、全く知らなかった。
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