モスカット一族 の商品レビュー
第二次大戦前夜、ポーランドに住む富豪ユダヤ人メシュラム・モスカットを始めに、その家族、関係者の生きていく様を、ユダヤ人としてのアイデンティティの側面から群像劇として描きだした大作。 内容以前に、まず単行本で900ページ弱なので物理的、視覚的なボリュームに圧倒される。 ユダヤ教につ...
第二次大戦前夜、ポーランドに住む富豪ユダヤ人メシュラム・モスカットを始めに、その家族、関係者の生きていく様を、ユダヤ人としてのアイデンティティの側面から群像劇として描きだした大作。 内容以前に、まず単行本で900ページ弱なので物理的、視覚的なボリュームに圧倒される。 ユダヤ教についても、ユダヤの人たちについても、ニュースで聞きかじる程度の知識しかないので、理解できるかどうか若干不安を覚えながらもページを開いてみれば、思った以上に偶像劇の各人物の動きがするすると頭に入ってくるためテンポ良く読んでいける。というのも、ユダヤ人である登場人物の彼らは、宗教こそ我々に馴染みがないものの、彼らの原始的な愛、欲、衝動というものが我々と全く同じだからである。 この小説はそのほとんどを愛憎劇がなしている。愛と金。登場人物はすべからくこの愛と金が生む衝動に突き動かされる。 我々と同じ。普通に人間。セックスしたいし金欲しいし、権力欲しい。これはもうどうしようもない原始的な欲求。 それを由とする行動が記述されるので、とてもわかりやすい。 そして、彼らの場合は、その上に篤いユダヤの信仰がある。 この信仰の濃淡が大きな一つのテーマとなる。 1930年代、近代化がすすみ様々なバックグラウンドを持つ人々が同じコミュニティで生活する機会が増えていくと、今まで敬虔にユダヤ教の教えに従ってきた人々の中から、別の考え方に触れて、コミュニティに最適化された(ある意味都合のいい)信仰の形をとる人々も出てくるようになる。 マジョリティを占めるキリスト教社会に合わせた強度の信仰を好む若いユダヤ人が出てくる。 あくまで私の解釈であり間違っている可能性は多分にあるということを踏まえた上で(宗教的な話はね、どうしてもセンシティブだから)、少なくとも本作品で描かれている昔ながらの信仰では、その原始的な欲求を信仰でコントロールする。 あらゆる誘惑があることを認めた上で、信仰のもとに、それをしない。 一方で濃淡の「淡」の方として描かれる信仰では、原始的な欲求に従った上で、その行動のエクスキューズに信仰が持ち出されるイメージ。 その中間では、原始的な欲求に従ってしまった上で、信仰ゆえに罪の意識に苛まれる。 本作ではユダヤ教に対して、様々な濃度をもったユダヤ教徒が登場し、ドラマを繰り広げる。 この部分は、ユダヤ教に全く明るくない私でも猛烈に面白い。 群像劇の中でも主人公格のエイザ・へシェル。 おそらくこの人は「淡」の代表なのだと思う。 一見敬虔で、勉強熱心なのだが、まあ傍から見ると彼の行動はびっくりするくらい性衝動に突き動かされている。 すがすがしいくらいの性衝動の徒。 本当に好きな人と結ばれない、というくらいまで(ほんの前半部)は同情できるものの、その後の傍若無人っぷりに一切の同情は持てず、ため息しかでない。 そして彼は、自身の行動のエクスキューズとしてスピノザを拠り所とする。 スピノザもユダヤ教徒ではあったが、原理的なユダヤ教に対しては批判的だった人物である。 それは理解できても、それでも誰一人周りの人を幸せにしない彼の行動は一切理解できない。 本人もそれは理解しつつも、どうしていいかわからない。 この愛憎群像劇の後半には、第二次大戦を起因とする、多くの人が知っているユダヤ人の迫害、大虐殺の影が忍び寄ってくる。 信仰の濃淡にかかわらず、ユダヤ人というだけで迫害されていく。 様々な困難に際したときに、どのように反応するのか。教義上どうあるべきなのか。 彼らを取り囲む辛苦に次ぐ辛苦が、その深い信仰を浮き彫りにしていく。 とりわけ近現代における信仰とは果たしてなんなのか。なんのために存在するのか。 あるいはどうあるべきなのか。 最初に言ったとおり、この作品はほとんど単なる愛憎劇である。 でもその愛憎劇が生み出す思索のスケールは真に圧倒的である。 この小説に、おそらく幸せな人間は一人も出てこない。 ただ、間違いなく面白い。間違いなく大傑作。 少しずつ読もうと1ページ目を開いてから15時間。最後まで止められなかった。 本の重さに、手首をいわした。 それくらい面白かった。
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ユダヤ人作家による20世紀前半のワルシャワを舞台にしたあるユダヤの一族の物語。登場人物が多く、宗教や歴史の理解も必要で、読み進めるのに骨を折ったけれど、800ページを超す長編は読み応え十分でした。
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