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乙女のための 源氏物語(上) の商品レビュー

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2024/03/25

吉屋信子といえば戦前から戦後にかけて多くの作品を残した、少女小説・家庭小説の大家である。代表作の1つである少女小説「花物語」では、さまざまな花になぞらえて少女たちの友愛が描かれた。「エス(sisterのs)」と称される親密で深い愛情は、時に同性愛にも発展した。古文調の美文は少女た...

吉屋信子といえば戦前から戦後にかけて多くの作品を残した、少女小説・家庭小説の大家である。代表作の1つである少女小説「花物語」では、さまざまな花になぞらえて少女たちの友愛が描かれた。「エス(sisterのs)」と称される親密で深い愛情は、時に同性愛にも発展した。古文調の美文は少女たちの人気を集めた。 その吉屋信子が源氏物語の現代語訳に取り組んでいたというのは、あまり注目されてこなかったようである。1950年代に婦人俱楽部に3年間連載されたものに、角田光代(上巻)、田辺聖子(下巻:再録)の解説を付し、昨年暮れ、国書刊行会から出版されている。 現代語訳といってもダイジェスト版で、先生役の老婦人があらすじを講義する形になっている。 戦後間もないころ、資産家の高倉家は都内の家を焼かれ、鎌倉の別荘に移り住んでいた。老婦人と孫の3姉妹である。財務官である主人夫妻は満州に赴任中。孫のうち長女は既婚者だったが、銀行員の夫はジャバからまだ帰らずにいた。 高倉家には多くの蔵書があったが、空襲でほとんど焼かれた。わずかに残ったものの中に、祖母・楓の湖月抄があった。江戸時代前期に出た源氏物語の注釈本である。楓はこれを元に、3姉妹や隣家の夫人らを生徒役にして、源氏物語の講義をしようと思い立った。戦後の逼迫感を少しでも晴らそうとの思いからであった。 3姉妹の長女は夫を待ちながら外で働き、次女は病気がち、三女は女学校を卒業したばかりのおしゃまな娘。近所に住む大貝夫人は未亡人で、夫が手広く行っていた事業を引き継ぎ、さらに成功を収めたという女丈夫。但し学問はなく、そこが若干引け目にはなっている。大貝夫人は学のある高倉家の面々を尊敬し、一方、高倉家は大貝夫人のバイタリティに感服し、両家の仲は良好である。 こうしたメンバーに、時に、近所に住む実業家でハーフの青年が加わったりする。 本書の読みどころとしては、源氏物語の現代語訳部分だけではなく、戦後まもなく、中上流社会に属する彼らが、源氏物語を味わう際に、どこに共感し、どこに反発するのかということになろうか。もちろん、本作の乙女たちの見解が、この時代の乙女の意見を代表しているのか、著者のバイアスが大きいのかは考えどころではあるが、1つの視点とはいえるだろう。 上巻では<桐壺>から<絵合>までが扱われる。光源氏誕生から若き日の数々の恋、父帝の死後の源氏の失脚、そして政界への返り咲きまでである。17帖分であるので、単純計算では全体(54帖)の3分の1程度だろうか。本書は2巻構成であるので、下巻はかなり駆け足になると思われる。 冒頭では簡単に、物語の概要と紫式部について語られる。 ここで楓刀自は、源氏物語は昨今流行りの「手に汗握る小説」などとは異なると言っている。<もののあわれ>を示した美しい古典の物語なのだという。いうなれば情緒の文学であり、それに加えて多くの女性が巧みに描きわけられている点を特徴として挙げている。 何しろ平安時代の物語であるため、現代では、男尊女卑に思われたり、光源氏のあまりの愛人の多さに引いてしまったりする点もあるのだが、さて、戦後まもなくの乙女がまず、 「まあ、いやあね、私そんな光源氏大嫌い!」 と叫ぶのはどの場面だろうか。実は、人妻の空蝉に言い寄る場面である。個人的には少々驚いたが、まぁ潔癖な少女であればそうかもしれない。その後の若紫の連れ去り(現代では誘拐?)や妻にする(強姦とまではいかなくても不同意性交ではあるだろう)くだりでは乙女たちの怒りはそれほどでもない。 「生徒」たちは思い思いに、光源氏とは不仲である正妻・葵上に同情してみたり、藤壺と光源氏の関係に自身を重ねてみたり、若紫に憧れてみたりする。 多情な源氏がさまざまな女君と契る物語を読むことで、自分の経験に似たエピソードを見出したり、女君に入れ込んだりするわけである。 「恋愛見本帳」のような物語の基調になるのが<もののあわれ>という情緒である点も源氏物語が長く愛されてきた所以であるのかもしれないと思ったりする。 (大貝夫人に孫が生まれ「光」と名付けようとするのだが、自分ならしないなぁとは思うがw)。 講義が進むうち、一敗地に塗れた光源氏は政界に華やかに復帰するのだが、時を同じくして長女の夫も帰還し、高倉家にも明るい光が差し込むうちに上巻は終わる。刀自の息子夫婦であり、3姉妹の両親である高倉夫妻は無事に戻ってくるだろうか。 下巻では、光源氏の行く末とともに、高倉家の今後も描かれると思われる。 こちらもいずれ読む予定である。

Posted byブクログ