関東大震災v絵図 の商品レビュー
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関東大震災100年を迎えて、様々なテレビ番組で否が応でもちょっと詳しい情報が、現代日本人に知らされたと思う。今年9月に、それらをもう一段上書きする絵画中心のムックが出版された。 死者10万5000人。東京市と横浜市で死者は9万人にも上り、圧倒的多数が家屋の倒壊ではなく火災によっ...
関東大震災100年を迎えて、様々なテレビ番組で否が応でもちょっと詳しい情報が、現代日本人に知らされたと思う。今年9月に、それらをもう一段上書きする絵画中心のムックが出版された。 死者10万5000人。東京市と横浜市で死者は9万人にも上り、圧倒的多数が家屋の倒壊ではなく火災によって命を失った。残念ながら、記録としては動画は当然のこと、写真もまだ普及途中で当時の状態をビジュアルとして残すものは少なかった。 今年テレビで何回も観たであろう、陸軍被服廠跡の「火災旋風」の悲劇(38,000人死亡)を表すビジュアルは全て絵画だったはずた。この前紹介した竹久夢二の「東京災難画信」を展示していた東京都復興記念館があったのは、正にその跡地に建てたのである(両国国技館北側)。 本書には復興記念館に収められている膨大な数の作品が紹介されている。それ以外にも膨大な絵画が残されている。それらを各研究者が丁寧に紹介している本であり、おそらくその規模と質に於いて、現代最も詳しい震災絵画集になっていると思う。 因みに、表紙の絵画は復興記念館にその多くが収められている徳永柳洲の連続震災画のひとつ「第一震十二階の崩壊」である。徳永は、使命感を持って震災直後から各地をスケッチに回った。また、その後の全国巡回展やアメリカ巡回展などで、震災を全国世界に知らせ、寄付を募ることに寄与した。 絵は、浅草公園に建てられた凌雲閣(高さ52m、十二階建。明治23年築)が、震災一震で8階部分から折れる形で倒壊した瞬間らしい(12人死亡)。経営難のため復旧は困難で、9月23日に爆破解体された。 徳永のような油絵ばかりでなく、日本伝統の浮世絵も残っているし、絵巻物状態もある。小学生が見た「画帖」もある。竹久夢二の「画信」はとても貴重だと私は思うだけれども、1ページも割いていなかった。また、国立科学博物館には、作者不詳の大震災実況油絵が13点残っていて、今回修復されて初めて公開された。浅草や馬場、赤坂の絵と共に「伊豆伊東町の海嘯被害」という絵もある。かなりの陸地に大きな船が津波のために乗り上げていた。 徳永も竹久夢二もそうだし、他の有名画家として池田逍遥や萬鐵五郎も紹介されているのだけど、萬鐵以外は岡山県出身である事を知った。これは誇ってもいいのでは?岡山県立美術館は、特別展を開くべきでは? 罹災者も宮武外骨などの絵で事細かに残されている。そして、まだまだ詳細が明らかにされていない震災直後の自警団による朝鮮人・社会主義者の虐殺に関わる絵も、宮武外骨、大田政之助、代田収一、北澤楽天などの絵が紹介されていた。ただし、殺しの場面はない。日本の暗部をしっかり見つめる目は、基本的に弱いと私は思う。 陸軍被服廠跡の「火災旋風」も、たくさんの人が亡くなった大橋の上での焼失の悲劇も、空き地を求めて人々が燃える荷物共に殺到し、あるいは橋の上に燃える荷物を持って殺到したことが惨劇を大きくした。被服廠跡は、1時間のうちに避難者の95%が亡くなったという。都市型災害で、大きな混乱の中で何が起きるのか?例えば現代では車の渋滞とか、もっともっともっと教訓を汲み出すことはあると思う。
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