アートとフェミニズムは誰のもの? の商品レビュー
あらすじ(光文社より)アートとフェミニズムは少なくない人びとから、よく見えていないのです。「よく見えていない 」とは、見ていて良い気がしない、というのもありますが、どちらかと言うと、そこにあることはわかっているのだけど、見通しが悪くてその実態がよく見えないということです。いわば、...
あらすじ(光文社より)アートとフェミニズムは少なくない人びとから、よく見えていないのです。「よく見えていない 」とは、見ていて良い気がしない、というのもありますが、どちらかと言うと、そこにあることはわかっているのだけど、見通しが悪くてその実態がよく見えないということです。いわば、アートとフェミニズムは、(中略)入門したくてもしにくい「みんなのものではないもの」なのです。 (「はじめに」より) もともと、「みんなのもの」になろうとするエネルギーを持っているアートとフェミニズム。現代社会では両者に対する理解の断絶が進んでいる。この状況に風穴を開けるには――。美 学研究者による新しい試み。(https://books.kobunsha.com/book/b10125243.html) フェミニズムはこれまでもいろいろ勉強してきてて、アートは勉強はじめな私にもちょうど良いくらいの情報量で興味深く読めた。もっと知りたいと思えたのでよし。 女性の描かれ方、女性がアーティストとしてアートの世界に入ること、そしてそれに抗した女性アーティストたちの力強い表現手法、3つの観点でフェミニズムとアートを相互に読み解く。 アーティゾン美術館『彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術 Echoes Unveiled』を観に行った後に読む本として良かった。 以下、引用 このように、アート作品のなかで、女性は怪物だけでなく、人間以外のもの、例えば、妖怪、魔女などといった空想上の生き物、あるいは「諸悪の根源」や未開、自然などといった概念の象徴、時には肉や器といった物質、そして女神や聖母などの役割を担わされてきました。 「そこそこ多様性あるじゃん」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、これらはすべて、この図式のなかでは下位・周縁クラスに位置付けられます。 こうした作品はアーティストたちが女を「よそ者化」してやるぞ!と意気込んで、社会の「よそ者化」意識を高めるために描いたというよりは、当時、主流となっていた考え方を反映したにすぎません。その絵画が発端だ、というわけではないのです。(p.120) 当時、画家は男性であれば、男性のヌードモデルを描くことができましたが、女性の画家は男性モデルも、男性の石膏像も、使うことは許されていません。ましてや、ほかの男子学生と同じ部屋で、男性モデルの裸体をまなざし、描くことなどもってのほか。けしからんことこの上なし、とされました。ここでは「まなざし」の主体になれるのは男性だけ。「見る/見られる」の性役割によって女性はアーティストとしての競争にエントリーする権利を奪われていたのです。(中略) このように、女性だけが「絵にされる」ことは、見る権利を奪われ、見られる対象としての役割を押し付けられてきたことを示しています。そして、それは「絵のなか」に終わらず現実として、女性の学ぶ権利を奪っていたのです。(p.154) ローリー・アンダーソンのこの作品は、このような不快かつ恐怖の経験を克服するためのもので、彼女は、この作品に「Object/Objection/Objectivity」というサブタイトルをつけています。このような場面では、声をかける側の人物にとって、声をかけられた側は単なるモノ (object)でしかなく、アンダーソンはこうした声かけに異議申し立て(objection)するために相手にカメラを向けて相手を撮影という状況に巻き込み対象物(object)にします。 そうした構造を、客観性(objectivity)を伴った記録を作品として発表したのがこの作品なのです。(p.222) だからこそ、フェミニズムでは、抑圧者が「不快に感じる」という理由でずーっと逆に不快な思いをさせられてきた女性たちが中心となって、社会や社会化された個人を不快にするという手を使います。また、「黙ってられるか」「わきまえてやるもんか」と怒りを表明する方法は、フェミニズムだけでなくあらゆる被差別的な属性(人種や民族、性的指向、性自認、障害など)による差別を押し付けられてきた人々による運動の原動力でした。 こうした差別はいま、この瞬間にもどんどん蓄積されているのであり、「いま、ここに社会の不都合や不具合がある!」ということを知ってもらう必要があります。いわば、この叫びや喚きは、救急車のサイレンのようなもの。「叫びや喚き」といった不快な声であることには必然性があるのです。(p.232)
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時にアートは意図としては、崇高な意図を紡いだとしても、作用として鑑賞者の心に搾取を感じさせたりすることがある。 上位グループから差別を受ける方のグループは「交換可能な数合わせのお飾り」として見られることがある。 男性グループからの不快な声掛けについて すごく鮮明な記憶がある ...
時にアートは意図としては、崇高な意図を紡いだとしても、作用として鑑賞者の心に搾取を感じさせたりすることがある。 上位グループから差別を受ける方のグループは「交換可能な数合わせのお飾り」として見られることがある。 男性グループからの不快な声掛けについて すごく鮮明な記憶がある 中学生のとき、クラスのヤンチャな男の子が 性的な言葉を沢山覚えて、その言葉で女子生徒をからかっていた。よりアブノーマルな性的な言葉を知っている男の子の方が上位にいけたし、ヒエラルキーが上だった。 性的な言葉を言えない男の子は陰キャラにさせられて、ヒエラルキーが下になってしまうから、コミュニティに属するため、自分の居場所を作るために、彼らは性的な言葉を口にしていた。 その空気が私にとってはたまらなく不快で、なぜ不快なのか?うまく言語化出来ていなかったけれど、本書を読んで分かったことは、自分が性的に搾取されているのが不快だったと分かった。 人間として、勉強したりスポーツしたり何かを考えたりすることよりも私の身体のことしか見られていないのでは?という理解し合えなさそうなところが悲しかった。 分かり合いたいというこの気持ち自体 叶わない理想なのかな?と思ってしまう。 ある程度、そんな性的な言葉をいなすことのできる 強い女子生徒は、うまく付き合っていたし、早めに彼氏がいた印象。 フェミニズムの本を沢山読んできたけれど 本を読んだ数と人生経験が積み重なって 今、やっとトラウマを一つ言語化出来た気がする 人生は本を読むことと体験をすることの両輪なんだなあと感じる タコツボの中で自分達の世界の話だけで気持ちよくなってしまっていてはいけない 社会を変えるためには タコツボの外にいる人に分かるように伝えていく必要があると気付く (社会の様々なことはタコツボの外にいる人が決めて行っているから)
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アートの歴史に男性至上主義がまかり通ってたことさえ知らなかった。 有名な絵画に女性が多く描かれているのは承知していたが、興味もあまりなかったことから深く考えていなかった。 そのことに気づくことができる名著。
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2024.12.07 フェミニズムの考え方について、学ぶことができた。フェミニズムのアート作品はいくつかは知っていたが、より深く理解することができた。
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アート分からないと思っている人におすすめの本 フェミニズムの印象もこの本でガラッと変わるはず 著者が写真美学専門なので写真作品多めだけど面白く読めた
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フェミニズム批評、フェミニズムアートについて、一般人にわかりやすく紹介した入門書。非常に平易な言葉で書かれており、大変わかりやすかった。 アートの世界の敷居の高さ、高慢で排他的なありようを批判している。差別を上位/下位、中心/周縁の構造で捉え、声をあげ始めた下位/周縁の人々の中...
フェミニズム批評、フェミニズムアートについて、一般人にわかりやすく紹介した入門書。非常に平易な言葉で書かれており、大変わかりやすかった。 アートの世界の敷居の高さ、高慢で排他的なありようを批判している。差別を上位/下位、中心/周縁の構造で捉え、声をあげ始めた下位/周縁の人々の中で、さらに下位/周縁に押し込められる人々が出てくる(白人女性フェミニストによる黒人差別など)という指摘は大変頷けるものだった。 一方で疑問に思ったことがある。フェミニズムアートは、見ていて不快になるようなものが多く、それは世の中を批判するためにあえてそうしているのだということはわかったが、普通に美しいものや見ていてうっとりするようなものは、現代においてはもはやアートにならないのだろうか?中世や近世のアートの中に差別構造が内包されていることはよくわかったが、そういったアートを愛好することは現代において差別に加担していることとは別ではないのだろうか? 「#美術館女子」には私もイラッとしたが、特権化されたリテラシーを用いてアートを読み解くことを上位に置き、アートを感性で味わうことを下位に置いているようでは、アートもフェミニズムもみんなのものになるには程遠いのだろうと思う。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
アートとフェミニズムという、一見よく内部が見えないもの同士を互いに関連づけながら読みといていく新書。 中立的な文体で安心して読み進められた。 上位⇔下位/中心⇔周縁という構造が、社会的にも歴史的にも繰り返し表れていることが分かった。 フェミニズムに関心があり読んだが、現代アートの課題も知ることができて良かった。 アートもフェミニズムも「みんなのもの」と言えるにはまだ遠いけど、タコツボから抜け出してまずは自分とそのまわりから変わっていく、そんな勇気をもらえるような本だった。
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クリストを初めて知ったのはマイアミの島をピンクの布で包むプロジェクトからだったかな…その時の作品クレジットは確実にクリスト単独でした。しかし、いつだったか忘れちゃったけど、過去の作品を含めすべてを彼のパートナーであるジャンヌ=クロードと連名にすると宣言したのに驚いたことを思い出し...
クリストを初めて知ったのはマイアミの島をピンクの布で包むプロジェクトからだったかな…その時の作品クレジットは確実にクリスト単独でした。しかし、いつだったか忘れちゃったけど、過去の作品を含めすべてを彼のパートナーであるジャンヌ=クロードと連名にすると宣言したのに驚いたことを思い出しました。本書で紹介されるジャクソン・ポロックとリー・クラズナー(この本で初めて知りました…)の夫婦のエピソードに触れた時でした。ポロック1912年生まれ、クリスト1935生まれ…世代の違いなのか、教育の違いなのか、持っている資質の違いなのか、確実に女性に対する向き合い方が違っています。映画の世界では#metooに始まるキャンセルカルチャーが吹き荒れていますが、アートの世界も同じことはあるのは、そりゃそうだよね、です。なにしろ女性の裸を嬉々として描き続けた歴史ですから…。だからアートとフェミニズムの掛け合わせって最初は???でしたが読んでいるうちに!!!な気分になりました。ゲルニカやバンクシーを持ち出すまでもなく、現代アートが現代社会の合わせ鏡だとしたらジェンダーというテーマは避けて通れないものだと確信しました。作者のいう「内なる敵」、つまり自分の中にあるポロック的なる要素をクリスト的なるものに変えていけるか?を問題意識として持ちました。アートへの向き合いについて「無知の知」ならぬ「鈍感の感」を教えてくれた新書でした。最初はずいぶんマニアックなテーマだと思いましたが最後はかなり普遍的なテーマであることを知りました。
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性差別問題については、個人的に関心を持って目にした記事や書籍を読んで理解をし、日々の生活の中での言動を気にする様にしているが、それでも無意識のうちにそのつもりは無くても、差別的な言動をしてしまったと後から思う事は多々ある。 自分の育った環境や教育の影響だと思うので、これが解消され...
性差別問題については、個人的に関心を持って目にした記事や書籍を読んで理解をし、日々の生活の中での言動を気にする様にしているが、それでも無意識のうちにそのつもりは無くても、差別的な言動をしてしまったと後から思う事は多々ある。 自分の育った環境や教育の影響だと思うので、これが解消されるのは、何世代もかけて差別意識を薄めていくしか無いのではないかと感じてしまう。
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思いがけず良かった。 何が良かったのか? 下手なことを書くとフェミからもアンチフェミから集中砲火を浴びせられるかもしれないのでここでは書くのをひかえておく。というのが問題なんだろう?
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