真の人間になる(下) の商品レビュー

甘耀明(著者),白水紀子(訳者)

2023/11/26

　輸送機の墜落現場には無数の死体が遺されていた。
　その状況から生存者はいないと断定され、遺体の収容に切り替わる。
　広範囲に及ぶ調査中にハルムトは人の声を聞く。
　その声がするほう、岩の上で見つけたのは唯一の生存者トーマスだった。

　花蓮で失った最愛のハイヌナンを思いだし、その感情から誰にも生存者の報告をしないまま調査が終わろうとしていた。
　遺体収容のために呼んだ第二陣の到着時、ハルムトは生存者の報告をする。
　急遽、生存者救出隊が編成されたが、時を同じくして台風が台湾に迫っていた。

　本作は、戦後に捕虜を沖縄からフィリピンへ護送した輸送機が墜落して、さらに捜索隊の二十遭難が起きた三叉山事件をモデルとしている。
　誰の記憶にも残っていない事件を、台湾原住民の民話や、部族が大切にしている文化、自然を描写しながら物語が語られる。

　ラストはハルムトの人生その後が駆け足で語られる。
　しかし重要なのは、ハルムトが語り部として生きることを決意したことだ。
　この事件を語る人が残っていたからこそ、本作ができたと言える。
　戦後の埋もれていた悲劇のひとつが形となって、再び後世に残る。