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美術商・林忠正の軌跡 1853-1906 の商品レビュー

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2023/05/15

「たゆたえども沈まず」(原田マハ)を読んで、当時の美術界の話をもう少し知りたくなり、読み始めた。浮世絵など日本の美術が印象派に与えた影響というのはよく知られているけれど、実際フランスの美術界でどんな人が、どんなやりとりをして、日仏相互の理解を深めていったのか、それが周囲にどんな波...

「たゆたえども沈まず」(原田マハ)を読んで、当時の美術界の話をもう少し知りたくなり、読み始めた。浮世絵など日本の美術が印象派に与えた影響というのはよく知られているけれど、実際フランスの美術界でどんな人が、どんなやりとりをして、日仏相互の理解を深めていったのか、それが周囲にどんな波紋を広げたのかが、美術素人の私にもよく分かるように、さまざまな史料が読み解かれている。ジャポニスム全盛期とその前後、万博や戦争という世界情勢、「美とはなにか」を理解する人々がどんな思いで過ごしていたかが浮かび上がる。 当時の日本ではまったく評価されていなかった、むしろ低俗なものとされていた浮世絵、春画が、価値ある美術品として欧米に受け入れられていく。その橋渡しをした林は、のちに海外に日本の芸術品を流出させた「国賊」扱いをされたというが、価値を理解する人の手元に渡ったからこそ、現代でもそれぞれの作品が残されているといえる。こういうものに国境という概念をどこまで持ち込むのかはまた別の視点で考えるべきことかもしれないが、結果として日本の芸術品が良い状態で保管されているのであれば、その場所がどこであれ積極的に考えるべきだと個人的には思う。しかも戦争や植民地の掠奪ではなく、投げ売りをしたわけでもなく、美術商が価値を理解する人の手元に移動したというだけだ。いうなれば、それらの作品を低俗だと思っていた日本人の方が、一手遅れていたということだ。「海外では日本の代表とみなされ、日本の誇るべき姿を示そうと孤軍奮闘、世界基準の視野を持たない日本国内では理解されず非難された」のはとても残念だ。 もう一つ残念なのは、林が蒐集していたさまざまな作品が彼の死後散逸してしまったこと。そのうちの一つ、北斎の「隅田川両岸景色図巻」が発見されて、すみだ北斎美術館にきたので見に行った。林忠正の解説展示もあった。 林と交流のあった伊藤博文の言葉が、当時日本を客観的に見ていた林の考えとおそらく軌を一にしていただろう内容で印象的。「我が国がわずか40年の間にこのような長足の進歩を遂げたことは驚くべきこと。それにしても寒心に堪えないのは、日本国民の態度。少しばかりの成功に安心して、他国の正当な権利や利益を無視し、傍若無人の行為に出ていると国を誤る。国家の滅びるのは、他国によってでなく、多くの場合自国の方針が自ら滅ぼしてしまうものである」と。 もう一つ、ささいなことだが面白かったのは、当時のフランスで、日本人は「態度を明確にできない」「時間や約束を守らない」といわれていたとか。前者は当たっているかもだが、後者はフランス人にいわれると現代の日本人としては少々驚く…。万博での林の苦労がしのばれる記述だった。

Posted byブクログ