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人生と運命 新装版(3) の商品レビュー

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2022/09/08

全3巻、単行本で1,400ページを超える大長編、数えるのも面倒な多くの登場人物、ロシア人特有の長くて覚えられない人物名、本名と呼称が違って誰が誰だか不明瞭、複雑な人物関係、つながりが把握しにくいエピソード等、挫折する要素が目白押しの作品ですが、完読。しかも、夢中になって読みました...

全3巻、単行本で1,400ページを超える大長編、数えるのも面倒な多くの登場人物、ロシア人特有の長くて覚えられない人物名、本名と呼称が違って誰が誰だか不明瞭、複雑な人物関係、つながりが把握しにくいエピソード等、挫折する要素が目白押しの作品ですが、完読。しかも、夢中になって読みました。 本書はドイツ軍がスターリングラードを包囲していた1942年から43年の一時期を描く歴史小説です。 著者のグロスマンは対独戦をじかに体験し、ホロコーストの実態を世界で最初に報道した新聞記者。したがい、戦争場面はこれ以上ないリアリティーがあります。 舞台はカザンおよびモスクワのシャーポシニコフ家、物理学研究所、スターリングラードの戦場、シベリアの強制収容所、モスクワの監獄、ウクライナのユダヤ人ゲットー、ドイツの捕虜収容所、ユダヤ人絶滅収容所、など。 本書の読みどころは 1)登場人物の核となるユダヤ人理論物理学者ヴィクトル・シャーポシニコフの心の動きと葛藤。自分の研究結果に対する誇り、レーニン主義的という批判と逮捕に対する恐怖、終盤のスターリンとの会話、正義か保身を問われた重い判断と自己嫌悪、同僚の妻に抱く恋心、自分の妻と家族に対する感情。当時のソ連知識層というのはこういう感じだったのでしょうか。これだけで一編の長編小説のような読み応えがあります。 2)スターリングラード攻防戦の描写。特にソ連軍最前線の陣地第6棟第1号フラットでの恋物語、上官と部下の関係、ソ連の官僚主義の弊害、フラットの運命。全てにリアリティーがあり、のめり込みました。最終段階での表現「『生き残った者は生きていたのである』、そして、『生きている者たちは生きていたのである』」は当たり前すぎる表現ですが、逆に生きることの重要さを感じました。 3)ムルマンスク(北極海)のラーゲリ(収容所)の描写。ヴィクトルの妻の元夫であるアバルチュークの運命がエピソードの核になっていますが、ソ連体制の不条理が描かれます。 4)モスクワのルビャンカ監獄での描写。ヴィクトルの妻の妹の元夫クルイモフは厳格な共産主義者ですが、「密告」により逮捕され、拷問のような取り調べを受けます。クルイモフは突然、誰が密告したのか気づきます。ここに密告と粛清に成り立つソ連の政治体制の生々しい恐怖が描かれます。 5)ナチス絶滅収容所の描写。収容所まで運ばれる貨物列車では「人間になるまでの道は数百万年の歴史を要したのに、人間が汚くて名前も自由もない家畜に逆戻りするには数日もあれば十分」という悲惨な状況が描かれます。この場面はシャーポシニコフ家の友人であるソフィア医師がガス室で殺されるまでの経緯を、ソフィア医師の視点で描かれます。絶滅収容所の監視態勢、ガス室に入れられる直前に大事に飼っていたカブト虫の幼虫を逃す少年の様子、ガスが充満し少年が倒れたときのソフィア医師の思い、生命を終わらせる直前の描写が悲しいまでに精細に描かれます。読むのがしんどい描写が続きますが、生きている人間として読む義務があるような気がしました。 箇条書きにするとわかりやすそうですが、小説として、これだけ掴みの悪い小説は稀です。3巻を読み始める前に知ったのは、実は「人生と運命」には「正義の事業のために」という前編があること。「本書を理解するための『正義の事業のために』梗概」と題する解説が3巻の巻末に掲載されています。これでシャーポシニコフ家の人々の各エピソードの役割と関係が理解できましたが、1巻のオリエンテーションとして掲載して欲しかったです。この理解があれば、登場人物にある程度は感情移入ができて、本書を小説としてもっと楽しめたと思います。もし、将来、改訂版が出版されるのであれば、この点は考慮して欲しいです。 本書で知ったのは①戦争の悲惨さ②ナチスドイツ、ソ連、どちらであっても全体主義の恐ろしさ③他人の生命か自分の生命か?あるいは正義か保身かの重い二者選択の前での人間の弱さ④それでも最も重要なのは生命の尊さでしょうか。「読んでください」とは言えませんが、読むべき歴史的小説のひとつであるのは間違いありません。機会があれば再読しようと思います。

Posted byブクログ