ロシア・インテリゲンツィヤの誕生 他五篇 の商品レビュー
『知的な信念と感情的な〈中略〉要求との深い内的葛藤はロシア特有の病である』 本著はまず、19世紀のヨーロッパ革命、或いはドイツ哲学やドイツロマン主義がロシアに与えた影響について解説、その後ベリンスキー、ゲルツェン、バクーニン(についてはバーリンは否定的)という3人を軸に、19世...
『知的な信念と感情的な〈中略〉要求との深い内的葛藤はロシア特有の病である』 本著はまず、19世紀のヨーロッパ革命、或いはドイツ哲学やドイツロマン主義がロシアに与えた影響について解説、その後ベリンスキー、ゲルツェン、バクーニン(についてはバーリンは否定的)という3人を軸に、19世紀の所謂インテリゲンツィアと呼ばれるロシアの思想家や作家について解説する。 冒頭の引用は西ヨーロッパに対するロシア特有の感情を説明したものであり、それは文明的先行への羨望と計算高さへの嫌悪を同時に抱えている。 (但し、「ロシア」を「(第二次大戦までの)ドイツ」と置き換えてもほぼ意味が成り立つところは面白い) 1917年のロシア革命に至る根幹的思想は、1848年フランスの市民革命失敗(つまりブルジョワの勝利)に端を発するロシア思想世界の進展まで遡ると言うところが興味深い。 ロシア革命をそれ以前の思想からつなげて来るという視点は初めてで、大変勉強になった。 話は少しそれるが、20世紀アメリカの外交官で冷戦期の対ソ連封じ込め政策を提唱したジョージ・ケナンは、元来自由闊達なロシア人の気性とソ連共産党の抑圧は、互いに根源的に相容れないことを見抜き、ソ連の将来的な崩壊を冷戦初期から既に予想していた。 本作を読んで、インテリゲンツィアと呼ばれる19世紀のロシア人思想家たちの創造的思考、率直な発信、素直な感情表現に、まさにケナンの言葉が思い出された。 自分として開眼であったのは、ゲルツェンの歴史観である。 トルストイが『戦争と平和』で語った英雄的歴史観の否定、つまり歴史は必然の流れであり個人の力で変わるものではない、歴史の側がその個人を呼んだのだ、という歴史観は、自分のそれとぴったりと当てはまった。 しかし本作では、ゲルツェンがそれを宿命論として拒否している。 歴史は個人のエネルギーで変えられる、と。 バーリンも、これに賛同して取り上げたのであろう。 ゲルツェンがこれを主張したのは、将来の理想実現という大義名分のもと、現世代の自由を奪ったり虐待したりすることを拒否したのであり、トルストイとはそもそもの文脈が異なるため、全く同時に並べて比べることはできない。 しかし自分の中では、既に結論が出ていたはずの歴史観というところに新たな視点が発生し、また一つ思索の種を得た思いだった。 また、ベリンスキーの人間性は魅力的だ。 田舎者で「階級意識的」で自意識過剰なまま、当時のロシアのエリート社会に正面から切り込み、そして受け入れられた。 彼の著作が現在入手困難であることは、とても残念である。 ベリンスキーが重視した独学の徳や、狭隘な学問的正しさに拘泥しない態度は、最近小林秀雄で読んだ『本居宣長』と大いに共通して見えた。 国も時代も文化も違う日本とロシアで同様の思想が生まれ、それを小林秀雄とバーリンという後世の、また異なる国の学者が取り上げ、それを今自分が読み共感している。 学問が生き長らえる生命力のようなものを感じた。 最後に、本書を読めば触れておかずにはいられない『自由』について。 率直に言ってこれは、帝政ロシアの農奴制やソ連の検閲ような、自由が存在しない社会を知らない自分には、語ることが難しい。 バーリンがここにこだわって書いているのも、ホロコーストの時代を目撃したユダヤ人、という出自は切り離せないと思う。 とりあえず、このくらいで。
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筑摩書房からゲルツェン『過去と思索』が刊行されたのは、もう20年以上前だろうか?面白そうだなとは思ったものの、分厚い3巻本でかなりの高額と、ちょっと手が届かなかった。 ゲルツェンは本書の主要登場人物。何だか懐かしく感じた。ソ連崩壊以降、ロシア革命についてもあまり読まれなくな...
筑摩書房からゲルツェン『過去と思索』が刊行されたのは、もう20年以上前だろうか?面白そうだなとは思ったものの、分厚い3巻本でかなりの高額と、ちょっと手が届かなかった。 ゲルツェンは本書の主要登場人物。何だか懐かしく感じた。ソ連崩壊以降、ロシア革命についてもあまり読まれなくなっているのかもしれないが、その前史時代の社会主義思想家や文学者の著作として、岩波文庫でゲルツェン、チェルヌィシェフスキー、プレハーノフなどが簡単に読めたものだった。 本書は、ロシア社会ならではのものとして登場したロシア・インテリゲンツィヤの姿や有り様、歴史的背景、ドイツ・ロマン主義の影響などを簡潔にまとめた論考に、ベリンスキー、ゲルツェンなどの人物像を描いた小論を収録している。 デカブリストの乱の衝撃で専制化したニコライ1世治世下における社会で、支配階層と大多数の「暗愚の民衆」との間で、西欧志向かロシア志向かで、知識階層は引き裂かれた状態にあった。そしてまたロマン主義の洗礼、それらが知識人とは異なる「インテリゲンツィヤ」を生み出したと言う。 そしてゲルツェンを語るバーリンの文章からは、彼に対する深い共感が窺われる。何よりも個人の自由を重んじたゲルツェン。「自由のための闘争の目的は明日の自由ではなく今日の自由、自分自身の個人的目的を持って生きている諸個人の自由である。」大義のためには個人を犠牲にすることは許されるという考え方が、その後の悲惨な歴史を産んだ。別な可能性をゲルツェンの思想に託して、バーリンは語っているように思われる。 決して平易な文章ではないし、ある程度歴史に関する知識がないと難しく感じるかもしれないが、読み応え十分である。
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https://www.iwanami.co.jp/book/b605140.html ロシアと1848年 注目すべき10年間 Ⅰ ロシア・インテリゲンツィヤの誕生 Ⅱ ペテルブルクとモスクワにおけるドイツ・ロマン主義 Ⅲ ヴィッサリオン・ベリンスキー Ⅳ アレクサンド...
https://www.iwanami.co.jp/book/b605140.html ロシアと1848年 注目すべき10年間 Ⅰ ロシア・インテリゲンツィヤの誕生 Ⅱ ペテルブルクとモスクワにおけるドイツ・ロマン主義 Ⅲ ヴィッサリオン・ベリンスキー Ⅳ アレクサンドル・ゲルツェン ゲェルツェンとバクーニン ―― 個人の自由をめぐって https://berlin.wolf.ox.ac.uk/lists/bibliography/index.html
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