一般言語学の諸問題 新装版 の商品レビュー
『一般言語学の諸問題』は、20世紀の言語学に決定的な影響を与えた重要な著作です。バンヴェニストは、ソシュールの構造主義言語学を継承しながらも、「主体性」や「時間性」という新たな視点を導入することで、言語研究に革新的な展開をもたらしました。 本書の特徴的な点は、言語を単なる抽象的な...
『一般言語学の諸問題』は、20世紀の言語学に決定的な影響を与えた重要な著作です。バンヴェニストは、ソシュールの構造主義言語学を継承しながらも、「主体性」や「時間性」という新たな視点を導入することで、言語研究に革新的な展開をもたらしました。 本書の特徴的な点は、言語を単なる抽象的なシステムとしてではなく、実際に話す主体との関係の中で捉えようとする姿勢です。この視点は、例えば「人称」の分析に鮮やかに表れています。バンヴェニストによれば、「私」と「あなた」という人称代名詞は、他の語彙とは全く異なる特別な性質を持っています。なぜなら、これらの言葉は発話の場面ごとに「私」を話す人、「あなた」として呼びかけられる人が入れ替わるからです。この観察は、言語が実際のコミュニケーションの中でどのように機能しているかを理解する上で、極めて重要な視点を提供しています。 また、バンヴェニストは時制の問題にも独自の洞察を示しています。彼は言語における時間表現を分析する中で、物理的な時間と言語によって表現される時間との関係について、深い考察を展開しています。例えば、「現在時制」は単に現在の時点を指し示すだけでなく、話者が自分の発話に責任を持つという態度表明でもあるという指摘は、言語の働きについての新たな理解を促すものです。 本書のもう一つの重要な貢献は、言語の「主観性」についての分析です。バンヴェニストは、言語の中に話者の主観性がどのように刻み込まれているかを詳細に検討しています。例えば、「おそらく」「たぶん」といった語彙や、特定の文法形式が、話者の判断や態度をどのように表現しているかを分析しています。これは、言語が単なる情報伝達の道具ではなく、話者の主観性が必然的に織り込まれているシステムであることを示しています。 バンヴェニストの分析で特に興味深いのは、言語の社会的な次元についての考察です。彼は、言語がいかに社会的な関係や制度を作り出し、維持しているかを明らかにしています。例えば、誓約や命令、約束といった「遂行的発話」の分析を通じて、言語が社会的な現実をどのように構築しているかを示しています。 本書は、時として技術的で難解な議論を含んでいますが、それは言語という複雑な対象の本質に迫ろうとする著者の真摯な態度の表れといえるでしょう。実際、バンヴェニストの分析は、現代の言語学や哲学、社会学などの分野に大きな影響を与え続けています。 特に、近年注目を集めている「話用論」や「談話分析」といった研究分野は、バンヴェニストの洞察を基礎の一つとしています。言語を実際のコミュニケーションの文脈の中で研究することの重要性を早くから指摘していた彼の視点は、今日ますますその価値を増しているといえるでしょう。 本書は、言語学や言語哲学に関心を持つ読者にとって、必読の古典といえます。また、コミュニケーションや社会的相互作用に関心を持つ研究者にとっても、重要な理論的示唆を提供してくれる著作です。確かに入門書としては難しい面もありますが、言語の本質について考えたい読者にとって、豊かな思索の糧となることは間違いありません。
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