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艦上偵察機「彩雲」(No.108増補版) の商品レビュー

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2022/06/19

旧版と新版で2冊彩雲特集があってこれは3冊目。前2冊の記事を継承しつつ写真に追加がある。 鳥養氏の記事にもある「ワレニオイツクグラマンナシ」、電文を送った機を操縦していた広瀬少尉の回想録で戦闘機がP-38とある。 電文は「われに追いつく敵戦闘機なし」なのでグラマン限定ではない...

旧版と新版で2冊彩雲特集があってこれは3冊目。前2冊の記事を継承しつつ写真に追加がある。 鳥養氏の記事にもある「ワレニオイツクグラマンナシ」、電文を送った機を操縦していた広瀬少尉の回想録で戦闘機がP-38とある。 電文は「われに追いつく敵戦闘機なし」なのでグラマン限定ではない。しかし占領して間もない島にP-38というのもどうかと思い確認すると、渡辺洋二氏の『大空のドキュメント』にF6Fと出ている。電文は「我ニ追ヒツク敵戦闘機ナシ」で違いはないが、彩雲でP-38から逃げきれるかというのも併せて考えると、F6Fが正しいだろう。 No.108もP-38となっているが、旧版の方が確認できないので原稿がP-38なのかワープロ打ちでP-38になったのかがまだ確認できていない。 本号は内藤子生氏の記事が旧版から転載されている。No.108にはなかった。昭和の時代に出版され当事者の証言が乗る旧版は貴重なのでぜひ多くの記事を保存してほしい(紫雲のtypoは紫電の原稿を読み間違えたのだろう。転載はありがたいがこの本は誤字が案外多い)。 「つまり30歳前後の若人たちが、じつは10年の経験をもっており、その若い爆発力と、磨き上げられた経験とが、福田設計主任の元に結集し、計算できない5ktを克服したのである。」 この一文は大戦中の日本機がなぜ魅力的であるかを存分に語っている。「10年の経験を持つ30歳前後の若者」が存分に力を発揮できる世界が当時の航空業界だった。戦争という災禍の中にあったが、あの頃の日本は若く活力に満ちていた。戦争が終われば目を見張る復興をするのもこの若さのため。 過去を懐かしむだけではなく、将来の日本のために、我々はどうやってこの若さの爆発をふたたび起こすかを考えなければいけない。 スバル360の開発を指揮した百瀬晋六氏の排気タービンつきC6Tの記事も転載。さすがに機体に余裕がなくターボの搭載はかなり苦労しているがインタークーラーは載せている。大戦中でターボ加給機は、よくよく考えると成功したのはP-38やP-47等でターボありきで設計したものばかり。彩雲だけが悪いわけではない。

Posted byブクログ