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日本文学の見取り図 の商品レビュー

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2022/03/06

日本文学の解説書である。序盤はテーマ別に文学を論じている。文学を論じる上で不可欠な社会的テーマが検閲や言論統制である。「権力の影響は、検閲の内面化、すなわち自主検閲を可能にするからである」(99頁)。言論への干渉は萎縮効果が生まれる。権力者に忖度することほど恥ずかしい表現はない。...

日本文学の解説書である。序盤はテーマ別に文学を論じている。文学を論じる上で不可欠な社会的テーマが検閲や言論統制である。「権力の影響は、検閲の内面化、すなわち自主検閲を可能にするからである」(99頁)。言論への干渉は萎縮効果が生まれる。権力者に忖度することほど恥ずかしい表現はない。 本書は検閲や言論統制に一章を設けている。但し、章のタイトルが「占領下・検閲」となっていることは疑問がある。日本を占領したGHQが検閲をしていたことは事実であるが、占領下に限った話ではない。戦前の日本政府の方が広範に検閲を行い、言論を弾圧していた。実際、作家・作品紹介で紹介された作家・小林多喜二は、官憲に虐殺された(129頁)。占領下の検閲を強調する話ではないと感じる。 もっとも大日本帝国憲法では国民は天皇の臣民に過ぎず、表現の自由などの人権を保障する近代憲法とは言えないため、検閲も当然となる。そのような考えに立つならば日本国憲法下を中心に考えることになる。しかし、それならば占領下のGHQの検閲だけでなく、戦後の菊タブーやSLAPP訴訟なども問題になる。 文学は社会を映す鏡であり、社会と無縁に作品が存在するものではない。故に社会的テーマ別に論じることは意味がある。一方で戦争や立身出世などがテーマとして出てくると、そういうものから離れたところに文学の楽しみがあるのではないかとの思いも出てくる。 日本では江戸時代から観光としての旅行が始まった(54頁)。観光旅行熱は、旅行に関する出版が支えた。観光ガイドに加え、『東海道中膝栗毛』のような旅行物の作品が旅行熱をもたらした。21世紀はバーチャル世界の発展によってリアル体験が減少するとの見解があるが、バーチャル世界によってリアル体験の需要が高まることもあるだろう。 中盤以降はサブタイトルの「宮崎駿から古事記まで」とある通り、作家または作品別に論じる。宮崎駿とあるようにアニメも射程に入れる。しかし、取り上げた人物は宮崎駿のみであり、サブカル中心という訳ではない。現代から過去に遡って紹介する。 泉鏡花「黒百合」では権力を振りかざして無理やり女性を手に入れようとする警察が描かれる。この警察の体質は21世紀になっても変わっていない。埼玉県警羽生署地域課須影駐在所の巡査部長は警察業務で知った個人情報を不正に利用して女性を呼び出し、強制わいせつ未遂を起こした(「埼玉県羽生市「わいせつ巡査部長」のヤバすぎるウラの顔」FRIDAY 2021年5月1日)。 「黒百合」の滝太郎は支配に反旗を翻す瀧太郎は痛快なアンチ・ヒーローである。「鏡花作品が今なお多くのメディアに翻訳され、人気が高い理由」は「現実を打破するエネルギーを感じさせてくれる」こととする(159頁)。アンチ・ヒーローの痛快さだけでなく、アンチ・ヒーローが破壊する現実の陰惨さも色褪せないこともあるだろう。 本書は茶の湯と大徳寺の関係を指摘する。「大徳寺の僧侶と堺の商人の文化的交流のなかから生まれた茶の湯は、室町文化を後代に伝える重要な役割を果たすことになる」(199頁)。京都の臨済宗の寺院には寺の特徴から名づけられた愛称がある。妙心寺「そろばん面」、相国寺「声明づら」、東福寺「伽藍づら」、建仁寺「学問づら」、妙心寺「算盤づら」、大徳寺「茶づら」と呼ばれる(筒井紘一『茶人と名器』主婦の友社、1989年、94頁)。 千利休切腹の直接の理由は大徳寺三門(山門)の利休像であった。これは利休を陥れるための言いがかりに過ぎないが、大徳寺という点は重要である。大徳寺は利休や他の茶人と関係が深かった。今でも茶道の家元は大徳寺に参禅得度している。

Posted byブクログ