決闘の辻 の商品レビュー
実在の剣豪に関する5篇の作品。 剣士、兵法者として生きることの困難さを見る。 天下一の剣豪となるための修練もさることながら、その地位に居続けることのなんと厳しいことか。 天下一となった時から彼はその地位を狙われる者となり、怯えながら過ごすことになる。 けれど必死になってその地位を...
実在の剣豪に関する5篇の作品。 剣士、兵法者として生きることの困難さを見る。 天下一の剣豪となるための修練もさることながら、その地位に居続けることのなんと厳しいことか。 天下一となった時から彼はその地位を狙われる者となり、怯えながら過ごすことになる。 けれど必死になってその地位を守ったとして、実のところどのような価値があるのだろう。 本作品最後の「飛ぶ猿」における波四郎は、父の敵討ちを果たす為に諸国を周り当の敵と巡り合って立ち会うこととなるが、彼を見ることで剣士として生きる事の意味に疑問を感じ故郷での穏やかな生活に戻ることを決心する。 自分の父親は、かつて一部の武道の世界ではかなり名を馳せていたが、その父も老いて昔の影を失っていく様を見るにつけ、父のあの威光はなんであったのだろうと思ったものでした。 威光を守るための人生とは辛いな。 簡単に言ったら、死んだらみんな一緒だ。
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宮本武蔵を筆頭に、実在した剣豪五人を綴った短編集。剣による立ち居振る舞いの緊張感は勿論だが、決闘を迎えるに当たっての心理描写が微細に綴られている。剣豪たちの共通した想いは、剣の技を求めるだけではなく、知略、策略、まつりごとをも含めた普遍を求める道であると云う主張だ。宮本武蔵の章で...
宮本武蔵を筆頭に、実在した剣豪五人を綴った短編集。剣による立ち居振る舞いの緊張感は勿論だが、決闘を迎えるに当たっての心理描写が微細に綴られている。剣豪たちの共通した想いは、剣の技を求めるだけではなく、知略、策略、まつりごとをも含めた普遍を求める道であると云う主張だ。宮本武蔵の章では、明らかな体力の衰えを自覚した時、剣豪としての名声を得ている己の立ち位置を如何に保つのか、武蔵の葛藤と対処策が綴られている。時代物で語られる剣客たちの固定的人物像が、この一冊で新たな一面が加わることになる。
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感情を表現するのに、月次で紋切りの言葉を避けながら、登場人物の沈潜と逡巡を、息遣いが聞こえるように書く、アメリカ文学のようにも見える。
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実在した伝説的な剣豪たちを題材とした五篇からなる時代小説集。各篇は約60ページ。 各作品のタイトルに剣豪たちの名が添えられており、神子上典膳を除いてはいずれも老境・晩年の姿が描かれる。典膳にしても、その師である伊藤一刀斎は引退目前である。また、必ずしも剣豪たちが主役とは限らず、諸...
実在した伝説的な剣豪たちを題材とした五篇からなる時代小説集。各篇は約60ページ。 各作品のタイトルに剣豪たちの名が添えられており、神子上典膳を除いてはいずれも老境・晩年の姿が描かれる。典膳にしても、その師である伊藤一刀斎は引退目前である。また、必ずしも剣豪たちが主役とは限らず、諸岡一羽斎と愛洲移香斎はそれぞれ、弟子と仇の視点からの物語となっている。 「二天の窟(宮本武蔵)」 熊本藩に客分として遇されて三年後の武蔵が登場する。平和でなに不自由ない日々のなか、老いを迎えつつある武蔵の前に、挑発的な態度を示す不審な兵法修行者らしい若者がたびたび姿を現す。武蔵が五輪書の筆をとるに至る動機の一部が本作のテーマとなっている。ヒロイックな求道者としてではなく、現実でもこうあったのではないかと思わせるような泥臭い武蔵像が提示される。 「死闘(神子上典膳)」 老いた達人である伊藤一刀斎とともに旅する弟子たちを描く。弟子たちは、本作の主役となる典膳、兄弟子にあたり狂暴で腕の立つ善鬼、一刀斎の妾でもあり娼婦としての魅力をもつ小衣の三人からなる。自らの衰えを自覚する一刀斎は、力をつけるとともに不満を日々強くしている善鬼を恐れており、それは典膳も知るところである。典膳は師匠の言葉から、善鬼との決着の日が近いことを知らされる。まさに死闘の場面が見どころ。本書中で唯一、剣豪の若き日を描いた作品でもある。 「夜明けの月影(柳生但馬守宗矩)」 成り行きからある男の恨みを買い、彼によって襲撃を受ける宗矩とその一族に起きる出来事を描く。復讐にまつわる話そのものよりも、復讐が成立するまでの背景の説明が長く、とりたてて役割のない登場人物も多い。本書中でももっとも印象に残らなかった。 「師弟剣(諸岡一羽斎と弟子たち)」 没落した剣豪のもとに残った三人の高弟と、一羽斎の養女であるおまんさまの五人による物語。主人公は高弟のひとりである泥之助だ。冒頭、泥之介と、もうひとりの高弟で自らの境遇への不満を漂わせる兎角が、視力を失いつつある一羽斎を捜索する場面にはじまる。終局はやや意外な展開だった。 「飛ぶ猿(愛洲移香斎)」 東国に住む若い波四郎は、漁師であり剣の達人でもあった父を倒して死の遠因ともなった剣豪・愛洲太郎左衛門を仇として、西国へと旅立つ。堺に住むという愛洲の弟子を訪ねるところに始まるかたき討ちの旅は、行方の知れぬ愛洲を捜索して予想以上の長期におよぶ。長きにわたる旅のなかで、幼さの抜けなかった波四郎も剣士としての経験を積み成長していく。「師弟剣」に続いて、剣豪にはスポットを当てていない作品。しかし個人的には本書に収められた作品のなかで抜けて面白く、爽やかな読後感が与えられた。一種の青春小説であり、もっと長く読みたい気もした。他作品の剣豪とは明らかにテイストが違う、人間離れした移香斎の人物像も良い。 上記の通り、末尾に据えられている「飛ぶ猿」がもっとも好みだった。全体にはさばけた空気感で一貫しているとともに、武蔵をはじめ、自らの衰えを認めざるをえなくなった達人たちの人間臭い葛藤が多くの作品で共通している。おそらくだが、著者作品のなかでは傑作として評価されるような類いの作品ではないのだろう。ひとつ付け加えると、古い作品でもあり時代背景もあって本作には限らない話だが、各篇でひとりずつ登場する女性キャラクターが概ねモノに近い存在として描かれる点については、読み手によっては不快感を抱くかもしれない。
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