知ってるつもり の商品レビュー
最初のあたりは、いつもの海外本のくどくど長文でどうかなと思いながら読んでいくと中盤あたりから、本書の趣旨がだんだんはっきりしてきて、読ませる内容でした。科学、政治について考えるあたりとても考えさせられる、でした。
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ずっと抱えていた違和感に名前がついたという感覚だった。 人は一人では多くを理解できない。知識は個人の頭の中ではなく、コミュニティに分散している。「分かっているつもり」が蔓延すると、知識は止まり、人は黙る。 活力は気合や根性から生まれるものではない。知が流れ、質問でき、失敗を共有...
ずっと抱えていた違和感に名前がついたという感覚だった。 人は一人では多くを理解できない。知識は個人の頭の中ではなく、コミュニティに分散している。「分かっているつもり」が蔓延すると、知識は止まり、人は黙る。 活力は気合や根性から生まれるものではない。知が流れ、質問でき、失敗を共有できる場があって、はじめて自然に湧いてくるものだ。そんな気づきも得た。 無知や錯覚は悪ではない。問題は、それを一人で抱え込むことだと思う。 賢い個人を目指すより、知が流れる場を支えることの大切さを教えてくれた一冊だった。
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冗長に感じられて、途中でやめてしまった。 本来は興味深く読める内容だと思う。 具体例をもう少し削ってシンプルに書いてあるといいなーと思うなど。
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無知の知の参考にするために読む。若干冗長か? 個人の知能を恃む過度の期待への戒めと、コミュニティが持つ知能への感謝を育むために
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トイレについて知っているかと聞かれたら、僕は“知ってる”と答える。 では、トイレが流れる仕組みは?と聞かれたら、答えは一変“知らない”。 他にも、トイレの作られ方は?歴史は?、、、全く知らない せいぜいトイレなんて見たことがあって、使ったことがあるくらいなもの。 毎日使ってるから...
トイレについて知っているかと聞かれたら、僕は“知ってる”と答える。 では、トイレが流れる仕組みは?と聞かれたら、答えは一変“知らない”。 他にも、トイレの作られ方は?歴史は?、、、全く知らない せいぜいトイレなんて見たことがあって、使ったことがあるくらいなもの。 毎日使ってるから勝手に知り尽くした気になってるが、ほとんど何も知らない。 トイレの部分を身の回りの別のものに置き換えて考えると、ほとんどのことについて無知の部分が圧倒的に多いと気付かされる。 それなのに僕らは物事を“知ってる”と過大評価して思い込んでしまう、その理由を本書は解説してくれる。 中でも以下の説明は個人的に面白かった。 ”私たちの知識ベースの大部分は、外界とコミュニティに存在している。理解とは、 知識はどこかにあるという認識でしかないことが多い。高度な理解とは、たいてい知 識が具体的にどこにあるかを知っているというのと同義である。実際に自らの記憶に 知識を蓄えているのは、真に博識な人のみである。” 確かに、AIが浸透して何でも質問すれば答えてもらえるようになった今、前よりも賢くなったと感じている自分がいた。 実際は自分に蓄えられている知識は変わってないのに。 知らないことが多いことを前提に、少しでも知識を蓄えようという姿勢で生きたいと思わせてもらえる本であった。 勿論この感想も自分が汲み取れた限られた理解の範囲で記載したものだ。
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あなたは自転車を知っていますか?では、自転車がどういう仕組みで動いているのかを知っていますか?おそらく1つ目はYES、2つ目はNOと答える人が多いだろう。この本はこのように「人間は思っているより無知である」ことに目を向けさせてくれる。知識は保有していると思いがちだが、実は「知識の...
あなたは自転車を知っていますか?では、自転車がどういう仕組みで動いているのかを知っていますか?おそらく1つ目はYES、2つ目はNOと答える人が多いだろう。この本はこのように「人間は思っているより無知である」ことに目を向けさせてくれる。知識は保有していると思いがちだが、実は「知識のコミュニティ」から得ていることもある。他人との話から得た知識などだ。それを自分の知識だと思い込み、錯覚する。人間の賢さの定義が変化する、今年読んで一番良かった本だった。
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これはとても面白かった! 自分が知らないということを自覚しているつもりはあったけど、全然自覚できてなかった。 人間は1人の脳ではとても記憶出来ないような膨大な情報を処理して発展してきた。人間はコミュニティの生き物として生きてきて、知ってるつもりになっちゃうくらいに無自覚に無知なこ...
これはとても面白かった! 自分が知らないということを自覚しているつもりはあったけど、全然自覚できてなかった。 人間は1人の脳ではとても記憶出来ないような膨大な情報を処理して発展してきた。人間はコミュニティの生き物として生きてきて、知ってるつもりになっちゃうくらいに無自覚に無知なことがむしろ強みである。 科学の本だけどエモさを感じた。
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人間は外部に知識をアウトソーシングして生活している(自分がいる空間を把握しているつもりでも、ライトの形ひとつ見直さないと思い出せない)。知識不足を漫然と自信でカバーしている。専門分野が違うもの同士で協力して初めて人間の能力を超えた推論能力を獲得する。人間は直感と熟慮の二つを行ったり来たりしているが、日常生活の大半は直感で処理するために誤謬が生じることが多い。人間は表層的にしかものを知らないが、それでも十分生きていけるのは知識のさまざまな部分の責任をコミュニティ全体に割り振るような認知的分業が存在するからだ。「知らないと言うことを知らない」を知ることが大切で、そのためには自分が知っていると思っている事柄を「人に正しく説明できるか」が鍵になる。大抵は出来ないので、そので我に帰るタイミングがある。人は集団知識によってパフォーマンスを何倍にも出来、世の中の発見というのは大抵の場合同時多発的に起こる。それは複数の知識と推論によって発見できる条件が発動したからに他ならない。
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知っているということより 自覚的であることが大切だ。 この本に書かれていたことに驚きはなかった。新たな発見といえるものも少なかった。だが、自覚的になれた。これは大きな成果です。
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とても興味深い内容だった。 人間はみんな無知であること。 ほとんどの人間が知識の錯覚を起こしてること。 知能は、知識のコミュニティという所属するコミュニティに依存、依拠するものであること。 どれも分かっているようで、指摘されることで少し受け入れ難く、読み進めることで納得してしまうものばかりである。 また、本書の素晴らしいところは、知識の錯覚によって人間が繁栄してきたこともちゃんと認めた上で、危険性についてもまとめている点である。 "実力も運のうち"を読んでいたときにも個人の能力は、その人の努力のみで生み出されるものではないことにも通ずる考えのように感じる。 我々人類は、独りでは生きていけず、個人だけで成長していくには人生という時間はあまりにも短い。それを超え、繁栄を今も続けているのはコミュニティという存在であり、他者との協力にある。 そう思うと、人の理解のために誰かの功績にしてしまうという構図は、貧富の格差を産んでしまうことにも繋がるように思う。 本来は分配されるべき成果や、報酬であり、本来は関わったすべての人が享受すべきなのではないだろうか。この議論に行き着くと、きっと共産主義になりそうとも思うため、難しい。 ただ、多くの専門家などがいて、各職業でそれぞれの職務を全うしている人々が、協力することで成り立つ世の中で、頑張っている人たちが正しく貢献度に対して評価され、さらには個人主義、個人能力至上主義のような風潮、意識が変えられていくことを切に願う。
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