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アイヌ通史 の商品レビュー

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2024/07/26

アイヌ民族の、特に近現代の歴史をつづった本である。明治維新以降、差別と迫害に苦しめられ、それでも民族の誇りを失わず、やがて少数民族としてその文化や歴史が世界に認められるまでを描く。日本の近現代史に欠落した視点を補う書物であり、アイヌ民族に興味がある人だけでなく、多くの人に読んでも...

アイヌ民族の、特に近現代の歴史をつづった本である。明治維新以降、差別と迫害に苦しめられ、それでも民族の誇りを失わず、やがて少数民族としてその文化や歴史が世界に認められるまでを描く。日本の近現代史に欠落した視点を補う書物であり、アイヌ民族に興味がある人だけでなく、多くの人に読んでもらいたい。

Posted byブクログ

2024/07/23

松前氏が自領土を日本という括りで捉えていなかったという指摘が興味深い。 倭寇も日本人だけでなく中国人や朝鮮半島出身者もその構成員に含まれていたと読んだことがある。本書にある通りエスニシティに基づく区別そのものが権力からの要請によるものなんだろう。 和人によるアイヌへの「人間では...

松前氏が自領土を日本という括りで捉えていなかったという指摘が興味深い。 倭寇も日本人だけでなく中国人や朝鮮半島出身者もその構成員に含まれていたと読んだことがある。本書にある通りエスニシティに基づく区別そのものが権力からの要請によるものなんだろう。 和人によるアイヌへの「人間ではない」という見做しはイスラエル国防相がパレスチナの人々を「人間動物」と呼んだことを想起させる。また文化も言語も異なる人々の暮らす異国として認識していた地域を強制移住や生活基盤の収奪、時には暴力も用いて従属させ、徐々に自領土に組み込んでいく入植活動はイスラエルと重なる部分が多い。 SNSで難読地名が話題になることがあるけれど、北海道の場合、異域であるアイヌの地名に漢字を当て嵌めているのだから『難読』になるのは当然である。

Posted byブクログ

2021/12/08

アイヌ文化の本を何冊か読んでいて、全体としてのアイヌ民族の歴史はどうなっているのか、興味がわいた。何せ、門外漢なので、この本が手始めとして適切なのかどうかもよくわからなかったのだが、ともあれ、タイトルでピックアップして読んでみた。 イメージしたのは、日本史なら飛鳥、奈良、平安、鎌...

アイヌ文化の本を何冊か読んでいて、全体としてのアイヌ民族の歴史はどうなっているのか、興味がわいた。何せ、門外漢なので、この本が手始めとして適切なのかどうかもよくわからなかったのだが、ともあれ、タイトルでピックアップして読んでみた。 イメージしたのは、日本史なら飛鳥、奈良、平安、鎌倉・・・のような流れだが、その出発点がそもそも間違っていたのかもしれない。中央集権的な「国家」を作るのがアイヌの在り方ではなかったのかもしれないし、あるいは、文字を持たない民族であり、歴史を体系的に記録して残す術がそもそもなかったということかもしれない。 ともかくも、本書の主題は、太古からの流れというよりも、日本あるいは「和人」とアイヌの関わりであり、主に扱われるのは江戸期以降の「アイヌ通史」である。それはとりもなおさず、先住民が蹂躙され、差別される歴史である。 大和政権からの流れにも簡単に触れられている。蝦夷と呼ばれるアイヌの地に渡る和人は古くからいたが、政治的支配が及ぶほどではなかった。内乱から逃れて蝦夷地に渡った者もおり、源義経がアイヌと暮らしたという伝説もある。 15世紀には、蝦夷地南端地域に「和人の館」と呼ばれる交易の拠点があった。 1456年に和人がアイヌを殺した事件をきっかけに大規模な戦闘が起こり、和人のほとんどが蝦夷地から追い出される(コシャマインの戦い)。 一世紀ほど後、蠣崎氏が和人の指導者として現れ、交易が再会される形となった。蠣崎氏は後に松前と姓を改め、徳川政権下に組み込まれて、家康からの黒印状を得る。松前藩には交易の独占権とアイヌ領土への和人の移動を管理する権限が与えられる。 利得を目当てに入り込んできた商人たちがアイヌを搾取し始め、不満を持ったアイヌによる軍事蜂起も起こる(シャクシャインの戦い(1669))が、結局は松前藩が勝利を収める。 そしてここから差別が加速する。 いわゆる「アイヌ勘定」というものがある。アイヌが数字を数えるときに「はじめ」と「おわり」を前後につける数え方をするため、これを利用して数をごまかすというものである。実際のところ、アイヌは、和人とは異なる、二十進法も利用する高度な算法を用いていた。数が数えられなかったというよりは、抑圧下で不利な取引に声を上げられなかったと考えられる。「アイヌは数を数えられない」とする方が、都合がよかったのだろう。 アイヌが多毛であることに絡め(そして「アイヌ」と「犬」という音が共通することももちろんあるだろう)、その祖先が「犬」であるという俗話も、盛んに喧伝されるようになる。 非道なことをしても、相手は劣等なのだからよいのだ、という理屈である。 根深い差別の歴史を見れば、先般の全国系列の民放による「あ、イヌ」の失言は(たとえ無知によるものであったとしても)やはり許されないものだろう。 やがて、アイヌ民族は、故郷から強制移住させられる。先祖代々の土地から追われ、伝統的な生きる術が使えなくなる。 チフスやコレラなど伝染病も大流行して多くの人々が命を落とす。それまで接したことのない病原体が持ち込まれればひとたまりもない。 そこにアルコールが忍び込む。苦しい暮らしを酒で紛らわす者が増え、アル中になる者も出る。貧しさにさらに拍車が掛かる。 そんな中で、伝統のアイヌ文化を見世物化する例も出てくる。アイヌに限らず、各地伝統の祭もそうだが、観光と見世物の線引きは実は難しい。日銭を稼ぎたい者、民族の誇りを守りたい者、それぞれの立場もある。 差別の厳しさに、日本語を学び、日本式教育を受けて、和人に同化しようとする動きも出る。アイヌと和人の婚姻も増えれば、実際、同化は進む。 その中で、守るべきものは何か。それをどうやって守っていくのか。 本書の著者はアイヌでも和人でもない。妻はアイヌの血を引くため、アイヌ寄りといえばそうだが、いずれにしろ、「当事者」からは少々遠い。その距離感が問題を少し引いたアングルで見るのにプラスに働いているのかもしれない。アイヌ史研究の他にも沖縄の歴史に関しても研究を行っているそうである。 我ながら完全に読みこなせたかどうか心許ないのだが、ネイティブアメリカンなど他の先住民の歴史とも重なる部分は多そうである。 軽々に結論は出ないのだが、心に留めて考えていきたい。

Posted byブクログ