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夢中になれる小児病棟 の商品レビュー

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7件のお客様レビュー

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2023/10/26

SHJ立ち上げまでの話かと思いきや、その背景(ご自身が事故に遭われたこと、教育者として向き合ってきた生徒たち)が描かれていて思わず引き込まれてしまった。 アートを定期的に届ける。それはかなりの労力あって実現できたのだろうと思う。 読み終わって、この活動に共感して、少しでも支援した...

SHJ立ち上げまでの話かと思いきや、その背景(ご自身が事故に遭われたこと、教育者として向き合ってきた生徒たち)が描かれていて思わず引き込まれてしまった。 アートを定期的に届ける。それはかなりの労力あって実現できたのだろうと思う。 読み終わって、この活動に共感して、少しでも支援したいな、まずはこの団体について知ろう、と思ってHPを見たら相当の数の活動をされていて、びっくり。 私も何らかの形で応援していきたいと思います。

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2023/06/09

入院している子どもたちが夢中になって取り組める活動の有用性を感じた。私もこの活動に参加したいと考えた。

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2023/03/15

院内学級での指導をきっかけに、スマイルホスピタルジャパンを立ち上げ、アーティスト達を病室に招いて子ども達の支援を行っている。

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2022/10/21

病気や障がいがある子どもたちに、プロによるアートを届けるNPOの活動報告。 子どもたちにとってアートや遊びは大切なものであり、自ら能動的に活動することの必要性を思い知る。目の前にいる子どもの笑顔を守る活動。

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2021/12/17

何かに没頭することで、その間痛みが和らいだり、不安が和らいだり。 わたしにもそんな経験があり、そんな場所を作りたいと思っている。 病院で懸命に闘う若き勇者たちが、自分の好きなことや興味のあることに、自由に主体的に参加する。 受動的になりがちな教育が、参加型になっていることは、きっ...

何かに没頭することで、その間痛みが和らいだり、不安が和らいだり。 わたしにもそんな経験があり、そんな場所を作りたいと思っている。 病院で懸命に闘う若き勇者たちが、自分の好きなことや興味のあることに、自由に主体的に参加する。 受動的になりがちな教育が、参加型になっていることは、きっと子どもたちの心に少し光がさすだろう。とても素敵な取り組みだと思う。 まだ前例が少ないからか、一人ひとり、一つひとつのエピソードを丁寧に描いていた。 noteやブログを読んでいる感じの本。

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2021/09/14

与えられるだけでは本当の嬉しさは得られない。 これって病気じゃなくても大人でもそうだなと思う。 病気を治すためにケアを受けているだけの毎日が当たり前になっている子どもたちがいることに、そして活動によって生き生きと喜びを取り戻していく様子に、涙が出た。

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2021/06/23

 病気や障がいがある子どもにアートを届けるNPO団体「SHJ」の、発足から現在までの活動をまとめた一冊。  固く施錠したアパートの一室で、あるいは見晴らしのいい高台の上にある豪邸のベランダで、またあるいは画材が床中に散らばる薄暗いアトリエの奥で、自分の世界にこもって黙々とキャン...

 病気や障がいがある子どもにアートを届けるNPO団体「SHJ」の、発足から現在までの活動をまとめた一冊。  固く施錠したアパートの一室で、あるいは見晴らしのいい高台の上にある豪邸のベランダで、またあるいは画材が床中に散らばる薄暗いアトリエの奥で、自分の世界にこもって黙々とキャンバスに向き合う。「アーティスト」という言葉を聞いてまず私が思い浮かべたのは、そういう孤独で静謐な姿だった。  この本は、上記のような「アーティスト」のイメージを完全に覆した。画家であれ、声優であれ、楽器の奏者であれ、SHJに所属するアーティストはみな、作品を「作る」能力に長けているだけでなく、子どもたちを引き込む力、一緒に作品を作りたいと思わせる力も兼ね備えている。彼らは、子どもたちの目が本当に輝く瞬間は、完成した作品を見たときより、自分で何かを作っている最中にこそあると信じ、その瞬間を引き出すことに精力を注ぐ。中には「一緒にやろう」と働きかけることはせず、黙々と作業に没頭する姿を見せ、子どもたちが興味を持つのを待つ、というスタンスのアーティストもいるそうだが、彼らは自分の「見せ方」を知っている。才能とともに、人格も兼ね備えているからこそ為せる技だ。  「HSJ」のメンバーとアーティストは、作品作りの場を提供する。しかし、何に参加するか、どういった形で参加するか、ということは子どもたちに一任している。途中までで終えても、じっと見ているだけでもいい。「それではみなさんご一緒に」というテンションではなく、自分にとって心地良い方法で、無理なく、かつ自主的に、アートに関われるシステムになっている。 「治療だけ受けていればいい、薬を飲んで寝ていればいい。それでは治療に加えて、「退屈」というもう一つの憂鬱を抱えてしまいます。(p.38)」  同じことが続くだけの毎日には、大人であってもいつしか辟易してしまう。好奇心旺盛な子どもたちなら尚更だ。病院内でのアート活動という非日常は、子どもたちの日常に刺激を与えただけでなく、生き生きした彼らの姿を目の当たりにした大人たちにも、変化をもたらした。医師たちが日頃からこっそり練習していた楽器を披露したり、子どもたちと一緒になってウォールアートに取り組んだり、アートとの触れ合いが、医師と患者という互いの立ち位置を超えて、新たな関係性を築く足掛かりになったという。  病院という閉鎖的な施設で、これだけオープンな活動を定着させるのは、並大抵の努力では済まなかったと思う。発足にあたり、病院の問い合わせ窓口でこういう活動がしたいと提案したとき、門前払い同様の対応を受けた様子も記されている。筆者は落胆しながらも、では次は何ができるだろうかとすぐに切り替えた。できない理由を探すのは簡単だ。どうやったらできるか、何だったらできるか、と思考を巡らせることで、新しい世界が開けるのだと改めて感じた。できることが限られているコロナ禍の今だからこそ、余計に心に響く一冊だった。

Posted byブクログ