現代のトリックスターと心理療法 の商品レビュー
2021年刊。もとは著者が、ユング派分析家資格を取得するために日本ユング派分析家協会に提出した論文。 最初の方ではまず、人類学におけるトリックスター関連の知見が紹介されるが、当然ながら、私もこれまでに読んできた書物が多く言及・引用されている。 次いでユング及びユング派におけ...
2021年刊。もとは著者が、ユング派分析家資格を取得するために日本ユング派分析家協会に提出した論文。 最初の方ではまず、人類学におけるトリックスター関連の知見が紹介されるが、当然ながら、私もこれまでに読んできた書物が多く言及・引用されている。 次いでユング及びユング派における「トリックスター」元型について解説される。なるほど、ユングが人類学における「トリックスター」概念の負の側面(=単なる破壊者=「悪魔」としての形象)ばかり着目したために、従来ユング派もその流れであったが、日本のユング派の嚆矢である河合隼雄さんがトリックスターの建設的な側面を含めた両義性について追究したために、日本ユング派では必ずしも「負」でない側面についても研究されてきたようだ。他国のユング派のその後の状況については分からない。 この著者の本領発揮となるのは当然、臨床=セラピーにおけるトリックスター概念の活用となり、第5章・第6章で実際の症例とそれへのセラピーが紹介・分析される。しかしこの辺を読むと、どうも何でもかんでも「トリックスター」呼ばわりしてしまう牽強付会の感が免れない。あまりにも広く捉えすぎているような気がする。たとえばあとがきでは、なんと新型コロナのような新種のウィルスまでトリックスターと呼んでいるのだから、首をかしげてしまう。 トリックスターはもともと神話上の形象であり、その存在が「誰にとって」トリックスターたる特徴を持つのか、という点が重要であろう。もちろん神話では語り手と聴き手にとって、ということになるだろうし、精神分析療法はわりあい、患者の心のカオスから神話論的な物語を抽出してくる作業であるように思える(フロイトの症例分析はそうだった)が、その引き出した神話が患者の「意識」の方に開示されなければならないはずだ。 が、本書の臨床例では、どうも著者(セラピスト)が一人でトリックスターを見つけて喜んでいるだけで、一体、「トリックスター」概念が心理療法上有効なのかどうか、怪しいようにさえ見えてしまった。 そんな点から、ユング派精神分析におけるトリックスター概念の有用性については疑問を感じたが、とりあえずトリックスターに関して私の知らなかった知見も多く散りばめられ、その点では有益な本だった。
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