仲條 NAKAJO の商品レビュー
戯れに、通っていた学校の職員室に仲條がいたらと想像する。 ほんのひと押しを背に受けるだけで脆くも失禁せんばかりに内心に緊張を溜め込んでできあがった赤ら顔を、優等生然の所作でかろうじて引き締め、私は彼のデスクに近づく。彼が常住坐臥吸っては吐く紫煙で、きっとそのへんはひどくケムく、強...
戯れに、通っていた学校の職員室に仲條がいたらと想像する。 ほんのひと押しを背に受けるだけで脆くも失禁せんばかりに内心に緊張を溜め込んでできあがった赤ら顔を、優等生然の所作でかろうじて引き締め、私は彼のデスクに近づく。彼が常住坐臥吸っては吐く紫煙で、きっとそのへんはひどくケムく、強烈な香気にあてられたわが視界はいまにも発火しそうだ。それでも蛮勇奮って一声、「失礼します」。私に呼びかけられるまで極めて雑然とした机上でペンを走らせていた仲條は、すこぶる面倒くさそうにこちらを振り返って曰く「なにか用」。「あっ、ええと——」問われてにわかに大汗かきかき、腕によりをかけて誇らしく書き上げた文章を懐から引き出すときにはすでにめっきり自信を阻喪している。つづいて彼の手に紙束を渡して委細を説明するころにはすでに幽体離脱を起こしており、口角泡を浮かべる自分と、それを眠たげかつ苛立たしげに眺める仲條とを冷静に見比べている。先生の御前に立つといつも泡を食ってら。そのくせ、なんどめげてもそのたびに職員室に謁見に訪れるんだから、救いようがないやね。いい加減よしたらいいのに…でも、きょうも仲條先生かっこいいなァ…幽体になって冷ややかに見下ろしていたはずが、いつの間にか視線に熱が籠もって、彼の挙動や、荒れたデスクに覗ける無数の強烈な作品を陶然と見つめてしまう。紫煙の先でムッツリとペンを走らせる彼の創造の奥義に少しでも肉薄したくって、私は幾度、言葉少なに「つまらぬ」と冷遇されても、こうして先生に会いに訪れる用事をこさえてしまうのである。さぞ迷惑な生徒だろう。 心臓や肺臓、膀胱を圧され、思わず悲鳴をあげたくなる絶対的な隔絶に触れたいがために、彼が鎮座まします職員室、本書『仲條 NAKAJO』の重厚な門扉を日々、崇敬にも似た緊張を籠めて叩く。「失礼します」。いっかな対等にはなれぬ。
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