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シオンズ・フィクション の商品レビュー

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2020/10/25
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

記憶の中に生きながらえようとする主人公たちを描いたラヴィ・ティドハー『オレンジ畑の香り』、保護地区のスロー族の差別を描いたガイル・ハエヴェンの『スロー族』、空間ワープフィールドでアレキサンドリア図書館にアクセスするケレン・ランズマンの『アレキサンドリアを焼く』、などなど色々冴え渡った短編集。SF的世界観のエリートを描いたガイ・ハソンの『完璧な娘』、星になった人の思い出を描いたナヴァ・セメルの『星々の狩人』、ニル・ヤニブ『信心者たち』の詩的な宗教的建築物の炎上、エヤル・テレル『可能性世界』では来世の存在が示唆され、ロテム・バルヒン『鏡』では性的アイデンティティの揺れが描かれ、モルデハイ・サソン『シュテルン=ゲルラッハのネズミ』でネズミだらけの『ペスト』を思わせる世界観、サヴィヨン・リーブレヒト『夜の似合う場所』では夢の世界、などなど。

Posted byブクログ

2020/11/01

イスラエルのSFシーンの中心人物2名によって、英語圏の読者向けに編まれたアンソロジー。ここでのSFは科学小説 Science fictionではなく思弁的小説 Speculative fictionを指しており、非リアリズム小説全般を覆う定義と考えると収録作の幅広さが納得できる。...

イスラエルのSFシーンの中心人物2名によって、英語圏の読者向けに編まれたアンソロジー。ここでのSFは科学小説 Science fictionではなく思弁的小説 Speculative fictionを指しており、非リアリズム小説全般を覆う定義と考えると収録作の幅広さが納得できる。邦訳は英語からの重訳になるが、元々英語で書かれた作品も5作、ロシア語で書かれた作品が1作収録されている(ほかはヘブライ語)。巻末には編者による「イスラエルSFの歴史」も。 以下、特に気に入った作品について。 ★ ガイ・ハソン「完璧な娘」(中村融 訳) テレパスの訓練教育を受けることになったアレグザンドラは、〈死体保管所〉(モルグ)の鍵の管理を任される。遺体の記憶にダイブできる能力者が、自他の境界を超えてしまう危うい心理をポリフォニックに書いている。ちょっと萩尾望都っぽい。これは元から英語で書かれた作品のせいか中村融のおかげかわからないけど、訳が一番よいと思う。文字通り“死者の声を聞く”話なため、ドラマ『アンナチュラル』を思いだしたりも。 ★ ニル・ヤニヴ「信心者たち」(山岸真 訳) 戒律を破ると物理的に天罰が下り人が死ぬようになった世界で、同性愛者の「わたし」とガビは〈全知〉と呼ばれる人物がつくる機械に一縷の望みをかける。短いけれど、黙示録的なヴィジョンと映画『アンブレイカブル』的なオチで印象に残った。淡々とドライに神や天使を書くのも好み。 ★ サヴィヨン・リーブレヒト「夜の似合う場所」(安藤玲 訳) 列車でヨーロッパを移動中に世界が滅んでしまい、生き残ったイスラエル人の女とアメリカ人の男が世界の再興をめざすも……というポストアポカリプスもの。全員血の繋がらない、人種の異なる聖家族のようなイメージを冒頭にもってきておいてあのラスト。後味最悪(笑)。修道女目線で書いたら『侍女の物語』だよなぁ。読むのが辛くなる話を読ませる端正な文章も魅力的。 ★ エレナ・ゴメル「エルサレムの死神」(市田泉 訳) 大学のカフェテリアで知り合った絶世の美形デイヴィットは死神だった。そうと知りながら彼と結婚したモールも次第に死神化していく。ポーの「赤死病の仮面」を思わせる死神たちのマスカレードパーティが楽しい。〈ガス室〉の死神とユダヤ人の主人公を会話させるアイデアは大胆だが、皮肉たっぷりのユーモアで笑わせる。 ★ ヤエル・フルマン「男の夢」(市田泉 訳) 夢に見た人を自分のベッドに召喚してしまう能力をもった〈夢見人〉の男とその妻と友人をめぐる悪夢のような現実。ブラックユーモアを発想の源としてリアリティを与えていく手法がジュディ・バドニッツやレイ・ヴクサヴィッチを連想させる(市田さんはヴクサヴィッチの訳者でもある)。岸本佐知子編集のアンソロジーに入ってそう。 ★ ニタイ・ペレツ「ろくでもない秋」(植草昌実 訳) 理由も告げず彼女にフラれ、友人は天啓を得てカルト教主になり、喋るロバが唯一の親友になった男のさんざんな秋の記録。これ好き。明治期のダメ男一人称小説をヒップホップ時代の感覚でアップデートして、喋るロバとUFOを足したような感じ。終始グダグダ。湯浅政明にアニメ化させたい。この人、拳銃買っても一度も元カノを撃とうとは考えないのがいいんだよね。「パイロットのボールペン」がでてきて嬉しかった。 巻末の「イスラエルSFの歴史」では、シオニズム自体がユートピア実現構想であるため、そこではむしろファンタジーは忌避されていったというイスラエル文学界の状況や、長らく無視されていた幻想小説(=非リアリズム小説)を興隆させたファンダムの動きとそこから出現した書き手の紹介など、興味の尽きない内容だった。リアリズムにあらずんば小説にあらず的傾向は日本にもまだ少し残っているけど、その壁を翻訳小説の熱心な読者層が打開していくという構図に重なり合うものを感じた。「ろくでもない秋」とかちょっと文体整えれば芥川賞候補作になりそうな感じあるし(笑)。 個人的にはイスラエルを舞台にした小説というとカナファーニーの「ハイファに戻って」を思い浮かべるところで止まってしまっていたので、長編が翻訳されているラヴィ・ティドハーなどから掘っていきたい気持ちが湧いた。 最後に装幀について!カバーに使われたかぐやホワイトのおかげで、この本自体が月から降ってきたモノリスのような佇まいを為し、ずっと大事に所有していたくなる。各作品の扉にうっすらとかぐやの凹凸が印刷されているのもGood。本屋で見ても竹書房文庫の装幀はいつも異様な光を放っている。

Posted byブクログ

2020/10/08

ラヴィ・テイドハーを除けば、名前を聞いたことのある作家さえ一人もいないが、作品のレベルは概して高い。ユダヤ=イスラエル色を感じさせる作品も殆どないが、これは日本の現代SFを読んだ欧米人が、ゲイシャもハラキリも出てこないなんて言うようなもんだろうしね。個人的ベストは、そのユダヤ=イ...

ラヴィ・テイドハーを除けば、名前を聞いたことのある作家さえ一人もいないが、作品のレベルは概して高い。ユダヤ=イスラエル色を感じさせる作品も殆どないが、これは日本の現代SFを読んだ欧米人が、ゲイシャもハラキリも出てこないなんて言うようなもんだろうしね。個人的ベストは、そのユダヤ=イスラエル色を感じさせる例外の一本「信心者たち」や、終末世界を舞台にしながらテーマがサバイバルから、なんとも変なものに変わっていく「夜の似合う場所」。

Posted byブクログ