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グッド・ドーター(下) の商品レビュー

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11件のお客様レビュー

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2020/11/01

 カリン・スローター作品で一番感情移入できた作品である。むしろそういうことをこの作家には期待してはいなかっただけに、これは驚きだ。面白さのための人間構築、常にストーリーのための対人葛藤の迷路を構築する建築学的な作家、とぼくは見ていたのだが、もしやそれは視野の狭い思い込みであったか...

 カリン・スローター作品で一番感情移入できた作品である。むしろそういうことをこの作家には期待してはいなかっただけに、これは驚きだ。面白さのための人間構築、常にストーリーのための対人葛藤の迷路を構築する建築学的な作家、とぼくは見ていたのだが、もしやそれは視野の狭い思い込みであったか。  とは言うものの、導入部はいつもの通りである。この作家の個性とさえ言えるほどの、うんざりするほどの血とバイオレンス。だからこそ、まさか暴力に巻き込まれた家族の、その後の絆づくりという心の風向きに、この物語が手向けられてゆくとは予想をしてはいなかったのだ。  弁護士一家を襲った過去の凄惨な事件により、心身ともに後遺症を抱えたまま家族を離れた長女。父とともに暮らしその弁護士としての仕事を継ぐ次女。暴力で断たれた母の命と、その豊饒なる知性の記憶。  それぞれに性格の異なる姉妹。そして彼女らへの沈黙の不可視的な愛を貫く弁護士の父。それぞれに深みも痛みも介在する人間たちの傷だらけの人生。それでいて並々ならぬ知性豊かな三人の、喪われし人生の記憶とその再生の行方とが、何と、次女が出くわす新たな凄惨なる事件いう形で試されてゆく物語である。学校での発砲事件。もはや珍しいとは言えないアメリカの風物詩みたいな。  事件の加害者である少女の沈黙がまずは謎である。事件の被害者は、さらに年少の少女、そして校長。一見、単純な構図に見える事件だが、動機も、その後の展開も、見た目通りではなさそうであった。事件に関わるヒロインたちの内なる闘いに、外なる疑惑が絡み合い、継いで、彼女たちに関わる男、壊れかけた夫婦関係、出産の失敗などなど、複雑な課題と過去とが絡み合う暗黒の深さ。  主要登場人物がそう多くない割に、彼ら彼女らの個性が否応なく絡み合い、ぶつかり合う。いつものスローター節。どんでん返しや、いくつものトラップやミスリードが、全体のエンターテインメントとしての謎多き物語を象っているのも、いつも通りのスタイルである。  しかし、警察小説の形を取らず、シリーズとは分離させ、事件関係者(被害者、弁護士、検事)やその家族たちの道を、心の内側から、それもいくつもの過去からの出来事の真相に迫ろうとする、この作者ならではの複雑に編まれたプロットにずっと寄りそうような心身の痛みの記憶がたまらない。  娘たちを守れなかった父親と、その後の人生。一見雄弁に見える彼を取り巻く秘密と、娘たちの錯綜する心が出くわすとき、この家族の物語は、この家族を変える時間にようやく出会うことができる。そこにあるのは癒し? あるいは決意?  不幸な事件により無残に傷つけられた家族とその後の人生航路を、押し寄せるいくつもの波濤のなかに描き切るビルディングス・ロマンである。少なくとも時間軸空間軸ともに壮大なスケールのミステリーとして、否、むしろヒューマンなドラマとしてしっかりと味わって頂きたい力作である。

Posted byブクログ