アフター・リベラル の商品レビュー
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リベラルが約束してきた「自由」は、果たして人を救ったのか。 『アフターリベラル』は、自己責任化が進んだ社会で、共同体も拠り所も失った人間の不安定さを鋭く突きつける一冊。難解だが、ポピュリズムが台頭する今だからこそ読む価値がある。
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※このレビューにはネタバレを含みます
リベラルの後、というと、リベラルが終わった感があるけれど、 戦後リベラルの次、という内容、あるいは、Liberal one after anotherというような、 さまざなま角度からのリベラルがこれまで主流になったり合流したり、 つまり、個人の自由と社会の包摂のバランスがどのように取られたりぐずれたりしてきたかについて「リベラル」の変遷に焦点を当てて物語られているようでした。 個人の自由、解放、の思想、リベラル。 それにもいろいろあって、いろんなリベラルを唱える考え方が勃興してきたことが分かった。 この本は、2020年夏に出されていて、2010年代後半に西洋世界でもより勢いを増した権威主義的な世界情勢やテロといった出来事を切り口に、リベラルの歴史的な流れを紐解いています。 また、著者の議論は、関連の学術研究や統計も多々紹介され、それらの研究調査結の裏付けをもとに論じられていて、興味深かったです。
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各章のつながりがよく、読み進めていく中でリベラリズムが直面する難題が少しずつ理解できます。 日本人がイメージするリベラルではなく、左派だのパヨクだのすぐカテゴライズしたがる人に、ぜひ読んで頂きたいですね。
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権威主義体制と対峙する今だからこそ考えたいリベラリズム。やや総覧すぎて焦点が絞りにくいけど、考えるネタを提供してくれている。
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世界情勢はすっかり変わり、リベラリズムは衰退した。怒りや敵意に充ちた世界で、アフターリベラルはどのような世の中となっていくのであろうか。
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21世紀初頭の先進資本主義国における右派ポピュリズムの躍進や関連するオルタナ右翼の人種差別主義、歴史認識の政治化、過激なイスラーム主義によるテロリズム、me too運動などは、すべて1968年革命でリベラリズムが「個人」を解放した結果として生じている(本書の言葉で言えば「ウーバー...
21世紀初頭の先進資本主義国における右派ポピュリズムの躍進や関連するオルタナ右翼の人種差別主義、歴史認識の政治化、過激なイスラーム主義によるテロリズム、me too運動などは、すべて1968年革命でリベラリズムが「個人」を解放した結果として生じている(本書の言葉で言えば「ウーバー化」)ということを論じている。 “ 政治は作用と反作用からなる。作用する主体や次元が変転すれば、それに呼応する反作用も新たな性質を帯びる。既存の政治がリベラルという価値に軸足を置けば、それへの対抗軸は非リベラル、反リベラルなものとなる。その事実を認めないかぎり、次の時代の政治は見えてこない。権威主義的なニューライト、保革政党によるリベラル・コンセンサス、歴史認識問題、宗教的ラディカリズムやヘイトはともに、リベラリズムと呼ばれる潮流が内在させてきた本質の副作用とみることができる。つまり、リベラリズムは、自らの(←288頁289頁→)勝利によって、自らの敵を作り上げてしまったのだ。”(本書288-289頁より引用) 1968年新左翼革命の個人優先主義が、実は1980年代のレーガンらネオリベラリズムとその支持層の保守主義者の間で通底していたという議論は、ポリティカル・コレクトネスの誕生を巡る論説でよく目にするが、本書全体から、今現在我々が立ち会っている社会の崩壊は、68年的なものの結果であり、そしてその終わりなのだということを感じた。本書で示されるように、個人の尊重というリベラリズムの原理が勝利したからこそ、今日にあってリベラリズムを擁護するのは困難なのであろう。その点では特に、本書で示されたウエルベックの『服従』(2015年)の読み解き(231-236頁)は非常に興味深かった。 “ 女性にもてないことをこじらせた中年男性を主題にした彼の代表作『素粒子』に典型だが、ウエルベックは人間を解放することはすなわち、その人間は自らの能力だけしか頼るものがなくなることを意味するから、結果として夥しい不平等を生むことにもつながると、あるインタビューで答えている。人間の責任は、社会にも家庭にも伝統にも歴史にも負わ(←234頁235頁→)せることができず、自分で負うしかなくなるからだ。そして、その負える責任の範囲は、個々人の能力や資本によって異なってくるゆえ、行き着く先は人生のあらゆる側面での不平等でしかない。 だから、『服従』が告発するのはイスラム原理主義ではなく、人間精神を救済できない現代社会であり、それに宗教が利用されるという「ポスト世俗化」のロジックを描くものなのだ。 ここで出てくるのが信仰の問題だ。小説後半、主人公フランソワは、文学大全の編纂とイスラムへの改宗を承諾して大学への復職を決心する。主人公は過去にカトリックとして育てられた記憶もあって、カトリック修道院に救いを求めて修行するのだが、結局、自分の役に立たない宗教には意味がないということをその過程で悟る局面がある。自分の人生にとって使えるか、使えないかが、信仰心を持つか持たないかの基準なのだ。だから主人公フランソワは、自らの出世と性的願望(一夫多妻制!)のため、なんとなくムスリムになることを、あっさりと決めてしまう。 現代社会では、宗教こそが個人の欲望に服従することになる。個人の自己決定権が当たり前となった政治的リベラリズム優位の社会で、宗教への「服従」はあくまでも主体的に、自主的になされるという逆説が、小説のタイトル『服従』の意味なのだ。ちなみに「イス(←235頁236頁→)ラム」とはアラビア語で「服従」の意味だ。”(本書234-236頁より引用) 本書が見通す世界がそうであるからこそ、本書の特徴としては、個人に終始する発想の否定が挙げられるかもしれない。21世紀に入ってからのポスト・マルクス主義やアナキズムがコミュニタリアニズム志向なのはよく知られているが、リベラリズムもまた、共同体を重視する方向に向かうことで、リバタリアニズム的潮流との差異化を図るのかもしれない。
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これまでのリベラルデモクラシーのあり方について、最後にこれからのあり方を提言してくれているのはとても参考になりました。
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ちょっと情報量が多すぎる印象。タイトル通り憎悪がぶつかって延々バトルしてるのどうするか、みたいな議論を期待したんだけど、意外に歴史的な記述も多い。でも歴史的な話は私はわかりやすいというか、そういうの理解しないとなんでこうなってるのかわからないのよね。
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田中拓道「リベラルとは何か」からの吉田徹「アフター・リベラル」!このワンツーパンチは効きました。きついです。遡ってミチコ・カクタニ「真実の終わり」まで繋がりました。同時進行でBREXIT、トランプ、コロナ、香港、という出来事も、アフター・リベラルという眼鏡をかけると連環した流れと...
田中拓道「リベラルとは何か」からの吉田徹「アフター・リベラル」!このワンツーパンチは効きました。きついです。遡ってミチコ・カクタニ「真実の終わり」まで繋がりました。同時進行でBREXIT、トランプ、コロナ、香港、という出来事も、アフター・リベラルという眼鏡をかけると連環した流れとして見えてきます。20世紀後半の世界を作ってきたのはリベラリズムであること。そしてそれがパンデミックで崩壊しつつあること。そのふたつのことが明快に論証されていく本です。その時々で生まれてきたリベラリズムの多様性「政治リベラリズム」「経済リベラリズム」「個人主義リベラリズム」「社会リベラリズム」「寛容リベラリズム」…それぞれの均衡が破れて不整合が生まれている「暗い時代」、それが今なのです。ニューノーマルってコロナを乗り越えていくポジティブなキーワードだと思っていましたが、本書の副題にあるように「怒りと憎悪の政治」がスタンダードになる時代なのかもしれません。しかし、著者は言います。「リベラリズムの最大の強みは、それ自体が多様な意味合いを持っていることにある。実際に、過去のリベラリズムは、歴史の大きな転換点をみて、深い自己の刷新を遂げてきた。…」と希望を捨てません。あとがきも「もしも恐怖と破壊がファシズムの主要な情緒的源泉だとするならば、愛情こそが基本的に民主主義の側に立つもの」というアドルノの叙述で閉じています。コロナが「暗い時代」を作ったわけじゃなくて、もともと進んでいた「暗い時代」がコロナで噴出しただけであり、ニューノーマルはリベラルのアップデートにかかっているのだと思いました。
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