一八〇秒の熱量 の商品レビュー
こういう端から見たら破天荒な人や状況って、結局朴訥とした人が淡々と進めてることが多いんだよね。 いやー、出てくる人皆が無茶苦茶ですごかった。
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米澤というミドル級ボクサーは狂気に満ちていた。37歳の年齢制限以降もボクシングを続けるため、残り9か月の間にB級から世界チャンピオンまで登りつめなければならない。彼にはパンチ力も、スピードも、反射神経も動体視力も無く、寄る年波は無慈悲にも選手としての能力を奪い去っていく。 普通な...
米澤というミドル級ボクサーは狂気に満ちていた。37歳の年齢制限以降もボクシングを続けるため、残り9か月の間にB級から世界チャンピオンまで登りつめなければならない。彼にはパンチ力も、スピードも、反射神経も動体視力も無く、寄る年波は無慈悲にも選手としての能力を奪い去っていく。 普通なら「もう辞めよう、ボクシングに見切りをつけて第2の人生を考えよう」となる状況だ。現に、他のボクシングジムのトレーナーからはそのように進言されていた。 しかし、米澤は諦めない。勤務形態が不安定な派遣社員をやりながら、2か月に1試合という超過酷な試合スケジュールをこなす。神経の病気がありながら敢えて不利な持久戦に挑む。「決して諦めない」というただ一つの才能を武器に、どこまでも地味で泥臭い試合運びをする。仮に37歳以降もボクシングを続けられたとして、その先にいったい何があるというのか…… 本書を読み進めるうちに、私は米澤というボクサーがどんどん分からなくなっていった。「殴らないで勝ちたい」というほどの優しい心の持ち主である米澤は、子供のころから競争心がなく、意見が衝突すればすぐに身を引いてしまう。彼を知る人はみな口をそろえて言う。「米澤がチャンピオンを目指すなんて思わなかった」。 ――それほどに闘争心が無い彼を、ボクシングは変えた。そこにはきっと米澤にしか理解できない極致があるはずだ――本書の中盤まで、私はそう考えていた。 しかし、その予想は見事に裏切られる。 事件は東洋太平洋チャンピオン前哨戦のスパーリングで起きる。スパーリングで思うような試合運びが出来なかった米澤は、ジムの有吉会長から「試合を断るか?」と問われる。会長も、トレーナーの小林も、当然「やらせてください」と返すものだと思っていた。しかし、米澤が口にしたのは「キャンセルさせてください」という言葉であった。 一体何を考えているのか?私は当惑してしまった。 大学を卒業し、不安定な雇用形態の中ボクシングを続け、正社員登用の話も試合があるからと断り続けてきた。大好きな食事も絶ち、脊柱管狭窄症を患いながらも必死で練習に励んできた。彼には譲れない何かがある。自分の命を賭けてまでボクシングを続ける動機が必ずある、と私は信じていた。しかし、彼はあっさりと諦めを口にした。自分の限界を感じたからなのか、人に流されただけの気の迷いからなのか、その真意は計り知れない。 小林と話し合い、もう一度会長のもとに戻った米澤は、今度は「やらせてください」と告げる。一体どういうことなのか。 著者の山本が米澤に真意を問いただしてみても、「分からない」という。米澤の狂気の一端を垣間見た瞬間であった。 そう、彼は「分からない」まま戦っているのだ。 著者の山本は米澤に尋ねる。「何故そうまでして戦い続けるのか?」 この問いに米澤は答える。 「ボクシングが楽しいから、強くなりたいから」 しかし、ボクシングの楽しさはアマでも味わうことができるし、残りの人生を投げうってまでプロの世界で戦い続ける理由は薄い。もし37歳という限界を超えたとしても、いずれ身体は衰え、強さが永遠に続くことはない。 彼自身、戦う理由は分からない。理由があって戦うのではなく、戦うことが目的になっている。狂気の中でただひたすらに拳を振るう、それが米澤という男であった。 そんな狂気に周りの人間も感化されていく。米澤を必死でサポートするトレーナーの小林、マッチメイクのために奔走する有吉会長、そして著者の山本――彼らが戦った9か月の熱戦と山本の描く卓越した試合描写が、読む人全てを狂気の渦に巻き込んでいく。 掛け値なしに素晴らしいノンフィクションであった。読者には是非、ゴングが鳴る最後の1秒まで、彼の生きざまを見届けてほしい。
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読了。 最近のノンフィクションモノでは抜群に面白かった。崖っぷちボクサー最後の挑戦、ありがちなネタではあるけれども、闘いの魔女に魅入られてしまった男たちが、次第に狂気に駆り立てられていく様は圧巻。ボクシングに無縁、且つ興味もなかった著者が、狂った男たちの熱量に巻き込まれながら次第...
読了。 最近のノンフィクションモノでは抜群に面白かった。崖っぷちボクサー最後の挑戦、ありがちなネタではあるけれども、闘いの魔女に魅入られてしまった男たちが、次第に狂気に駆り立てられていく様は圧巻。ボクシングに無縁、且つ興味もなかった著者が、狂った男たちの熱量に巻き込まれながら次第に正気を失っていく様はある種の恐怖すら感じる。如何なる凡人であろうと、命を削りながら燃え尽きようと戦う姿は、斯くも多くの人を巻き込む熱を放出するのだ。無名の男たちの不器用なドラマを目の当たりにし、久々に心を揺さぶられた気がした。
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僕は読むのが遅くて、途中でやめてしまうこともザラにあるのですが、これは仕事帰りに買って止められずに先程読了しました。 特に強くもなく才能もない派遣社員兼プロボクサー米澤重隆の年齢制限による引退リミット(37歳の誕生日)までの9ヶ月を描いたドキュメントです。 真摯だけど破天荒。...
僕は読むのが遅くて、途中でやめてしまうこともザラにあるのですが、これは仕事帰りに買って止められずに先程読了しました。 特に強くもなく才能もない派遣社員兼プロボクサー米澤重隆の年齢制限による引退リミット(37歳の誕生日)までの9ヶ月を描いたドキュメントです。 真摯だけど破天荒。哲学的で軽率。芯は強いけど多動症。根拠のない自信とどうしようもない劣等感の同居。そんな人たちの話。 クッソ面白かった。オススメです。
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