パンドラの箱は閉じられたのか の商品レビュー
植松死刑囚との接見記録、関係者へのインタビュー記録、やまゆり園(大規模施設)についての利用者や有識者による座談会の記録などが収録されている。 相模原事件の裁判は真の動機が解明される事なく結審し、パンドラの箱は閉じられてしまった。 「他人様に迷惑をかけてはならない」という日本的な...
植松死刑囚との接見記録、関係者へのインタビュー記録、やまゆり園(大規模施設)についての利用者や有識者による座談会の記録などが収録されている。 相模原事件の裁判は真の動機が解明される事なく結審し、パンドラの箱は閉じられてしまった。 「他人様に迷惑をかけてはならない」という日本的な価値観のもと、障害者、特に重度知的/精神障害者が家庭や大規模施設といった密室に閉じ込められてきた/いるということは、再び箱の中にしまわれた。 行き過ぎた自己責任論の国で、匿名でヘイトスピーチを撒き散らしながら私たちは生きている。 物質的にはこんなに豊かなのに、どうして他者を思いやる気持ちを持つことができないくらい、疲れてしまっているのだろう。 自身の育休が残りわずかとなった時、なんとか空きを見つけた保育園は、窓がなく、泣いている赤ん坊をサークルに閉じ込めたまま放置している場所だった。とても我が子を預けられなくて、帰り道で少し泣いたことを思い出した。 「子供を作ったのは自分でしょ?」この言葉にいつも弱音を吐けなくなった。 障害を持つことは、障害者を家族に持つことは、この何倍の絶望感だろうか。 その絶望感を生み出しているモノが、この事件の原因なのかもしれない。
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相模原障害者施設殺傷事件の犯人は大麻使用者であった。相模原障害者施設殺傷事件の恐ろしさは依存性薬物による人格崩壊の恐ろしさにつながる。依存性薬物による人格崩壊は自傷行為に走るパターンが多いが、他者を傷つける方向に向かうこともある。薬物吸引を繰り返した結果、犯罪行為に及んだり、欝状...
相模原障害者施設殺傷事件の犯人は大麻使用者であった。相模原障害者施設殺傷事件の恐ろしさは依存性薬物による人格崩壊の恐ろしさにつながる。依存性薬物による人格崩壊は自傷行為に走るパターンが多いが、他者を傷つける方向に向かうこともある。薬物吸引を繰り返した結果、犯罪行為に及んだり、欝状態になったり、自殺したりした人は数知れない。 危険ドラッグ使用者が自動車を運転して暴走事故を起こす。下半身裸で外に飛び出し徘徊する。上半身裸の男が小学校に乱入して小学生を追い掛け回す。裸で部屋の窓から物を投げつける。親から身体に異物を入れられたと思い、包丁で自分の腹を切り、腸を引っ張り出した後、裸で街中を走り回る。 裸足で外に飛び出し隣家の窓ガラスをたたき割る。米国フロリダ州では危険ドラッグ乱用者が全裸で木に登り、「木々と性交する神」と叫び、通報を受けて駆け付けた警察官に逮捕された。これらの最悪の形が相模原障害者施設殺傷事件と言えるだろう。 不幸な点は刑事裁判では大麻の影響が責任能力の観点で論じられることである。大麻の影響があるならば、心神喪失により無罪との結論に結び付きかねない。これを認めたくない立場は大麻の影響を否定しようとする。この結果、純粋に大麻の悪影響を議論できなくなる。 刑事裁判では弁護側が無罪にしたいために大麻を持ち出しているという構図になってしまった。この弁護側の不合理感は、犯人自身が大麻による人格崩壊という主張を望んでいないという事実によって一層増大した。しかし、これは弁護側が余計なことをしていると見るべきではない。大麻によって人格が崩壊した人は、自分の人格が崩壊したと認めないものである。自分は正常と思っている。 これは弁護側の不合理というより、刑事責任の不合理になる。依存性薬物使用者は自らを心神喪失に追い込み、何をするか分からない状態にしているのだから、しでかしたことに責任を取らせるようにする必要があるだろう。 この事件では特定の人々を殺した方が良いという犯人の思想が衝撃を与え、優生思想と批判された。これを正面から批判したい立場にも、大麻を原因とする結論は受け入れがたいという感覚があるだろう。しかし、大麻による人格崩壊は犯人の思想の異常性を根拠づけることができる。
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