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2021/09/23

・福音主義教会では、「全信徒祭司性」(万人祭司)ということを重んじてきました。これは、牧師だけではなく、信徒も含む全てのキリスト者が、隣人のために、また世界のために祈りをささげる「執り成しの祈り手」として立てられているという理解です。 ・「彼らは自分自身の母国に住んでいるが、し...

・福音主義教会では、「全信徒祭司性」(万人祭司)ということを重んじてきました。これは、牧師だけではなく、信徒も含む全てのキリスト者が、隣人のために、また世界のために祈りをささげる「執り成しの祈り手」として立てられているという理解です。 ・「彼らは自分自身の母国に住んでいるが、しかしそれは寄留者のようにである。市民のようにすべてのことにあずかるが、しかし外国人のようにすべてを耐え忍んでいる。異郷はすべて彼らの故郷であり、故郷はすべて異郷である。……肉にあるが、肉に従って生きることはしない(Ⅱコリント10・31)。地上にとどまっているが、天に市民権を持っている(ピリピ3・3)。定められた法律に従うが、自分の生活では法律に打ち勝っている」 ・相手と同じ土俵で戦っていったいどうなるのでしょうか。復讐心を持ったままで毎日を過ごすことは、あなたのようにやさしい人には似合いません。パウロは、ローマの信徒への手紙の中で、「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『「復讐はわたしのすること、わたしが報復する」と主は言われる』と書いてあります」(12・19)と記しています。 ・主の祈りでは、「悪に打ち勝たせたまえ」とではなく、「悪から救い出したまえ」と祈ります。まさに、悪に打ち勝つための最大の秘訣が、悪には自力で戦えないことを認めることである点をよく表していると思います。

Posted byブクログ