江戸の夢びらき の商品レビュー
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江戸の夢びらき 著者:松井今朝子 発行:2020年4月25日 文藝春秋 初代市川團十郎の誕生と、二代目團十郎が一人前になっていく様子を描いた小説。「史実に基づいたフィクション」とことわりがあるので、細かいところは創作だが大まかには史実で、團十郎ならではの見得や十八番が生まれたいきさつなどがわかり、とても興味深かった。と同時に、実力ある直木賞作家が書いているだけに小説としてもとても楽しめる。さすがに少し難しい言葉も出てくるので辞書を引きたくなるところもあるが、近頃の安っぽい小説に馴らされている身としては心が豊かになれる作品。人気のほどがわかる。 團十郎は、もともと段十郎だった。江戸で大変な評判となり、出版の盛んな京での評判記で、「市河」「團十郎」と間違って書かれることがしばしばだった。しかし、数年後、病気で暫く休んだ復活の「顔見世」で改名しようと思い立ち、自ら市川團十郎にしたという。また、海老蔵というのは團十郎の幼名、つまり本名だった。もちろん、梨園に生まれたのではなく、任侠の親分の兄弟分の倅で、歌舞伎とはまるで無縁だった。父親は額に刀傷のある男で、「物乞い同然の虚無僧暮らしをした過去もありそう」と表現されている。歌舞伎役者は被差別部落と関係が深いが、出自についてはそのような表現にとどめている。 物語は、初代團十郎の妻で二代目の母親である恵以(えい)の視点で語られていく。恵以は男手一つで育てられた。父親は牢人の身だが文武両道に秀で、娘も芝居好きで人形浄瑠璃や歌舞伎に少女の頃から通う。海老蔵の母親も好きで、2人は歌舞伎仲間でもあった。海老蔵も試しに舞台に上がってみろと言われ、上がってみるとこれが無茶苦茶。自分勝手なことをして大暴れしたが、それが受けて一躍人気者に。再び舞台に上がり、子役の歌舞伎役者となっていった。そして、恵以との縁談話が持ち上がって夫婦に。 片手を下に、もう一方の手を上に上げる「元禄見得」は初代團十郎が苦労して作り上げたものと言われているが、上記初舞台で、客が騒いで三味線の音が聞こえなかったために、黙れ鎮まれといわんばかりにその姿勢を海老蔵が取る場面がある。創作かもしれないが、なかなか面白い話だ。なお、市川段十郎という芸名は、海老蔵親子が下総から江戸に出てくるときに市川の渡し場で船に乗ったのを一緒にいた兄貴分の十右衛門が覚えていて、自分の十を加え、段々いい役者になってくれるようにと、彼が命名した。 十八番のひとつ「暫」の原型が出来た瞬間、「しばらーく」という声が繰り返されるばかりでなかなか登場しない團十郎の様子や、荒事の立ち回りは恵以の父親から手ほどきを受けたものであるという秘話、團十郎が上方に行き、当代一の坂田藤十郎に面会して感想を聞くと静かな口調で辛辣に芸を批判される場面などなど、興味深い解説や場面が物語りの1シーンとして鮮やかに描き出されている。 しかし、大奥につかえる江島と、團十郎と同じ山村座の生島新五郎が密会を疑われ(江島事件)、そのとばっちりを團十郎もくらってしまい、さらには二代目の時代に亨保の改革により芝居が禁止になるなど、ついに山村座が消えて江戸四座は三座になってしまう顚末も描かれている。 ******(メモ)****** 中沢新一は著書「大阪アースダイバー」で、吉本新喜劇の拠点であるNGKあたりが、以前は公開処刑場であり、少し北の道頓堀にならぶ芝居小屋よりもこちらの方が人気があった、つまり人がリアルに殺される瞬間を見届けることが最大のエンターテイメントだったと解説している。この「江戸の夢びらき」でも、團十郎が日本橋でさらし首を見たとき、人が大勢集まっている様子について、「眼は閉じたまんまで、見てそう面白いもんでもねえ。それで、あんな大勢の人を呼ぶんだからなあ。やっばり本物には勝てねえってことか……」とつぶやく場面があった。とても印象的。 なかなか子ができない團十郎と恵以は、成田山不動に参るとすぐ子宝に恵まれた。それにちなんで「成田屋っ!」の声がかかるようになった。そして、生まれた九蔵(後の二代目)と初代が共演した「兵根元曽我」が大当たりし、幕切れで親子が不動明王に扮すると、本物らしく見えたので客席から賽銭が投げられた。成田屋の屋号と投げ銭が誕生した。 隈取りは、二代目團十郎が大和絵でまなんだ手法を化粧に応用して編み出したもの。
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修行僧の土中入定(生き埋め)という衝撃的な場面の冒頭。その場で出会った少年と少女・・後の市川團十郎と、その妻・恵以の生涯を描いた作品です。 海老蔵少年が、役者・市川團十郎となり“江戸随市川”と呼ばれるほどのカリスマ的人気を得る過程や、「荒事の開山」と呼ばれる所以、成田山新勝寺との...
修行僧の土中入定(生き埋め)という衝撃的な場面の冒頭。その場で出会った少年と少女・・後の市川團十郎と、その妻・恵以の生涯を描いた作品です。 海老蔵少年が、役者・市川團十郎となり“江戸随市川”と呼ばれるほどのカリスマ的人気を得る過程や、「荒事の開山」と呼ばれる所以、成田山新勝寺との深い縁なども綴られていて、さすが歌舞伎に造詣が深い松井さんならではですね。 時代的には、五代将軍から六代将軍の間という、江戸史上でもトップクラスの色々ありすぎた時代で、“生類憐みの令”“赤穂浪士討ち入り事件”“元禄大地震と宝永富士山噴火”“江島生島事件”等々・・・。 このような大変な時代だからこそ、天災やお上からの粛清にも負けず、芝居というものに江戸市民が熱狂し、その伝統が脈々と受け継がれて今日まで続いているのだなぁと感嘆の想いでした。
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歌舞伎好きにはもちろん歌舞伎を知らない人でも楽しめると思う。 團十郎はどことなく今の海老蔵さんのイメージかなと思いながら読みました。 市川團十郎がどのようにして誕生したのか、伝統芸能がどうやって後世に引き継がれていくのか。 幼少時代から青年期、そして息子たちの世代に引き継がれて...
歌舞伎好きにはもちろん歌舞伎を知らない人でも楽しめると思う。 團十郎はどことなく今の海老蔵さんのイメージかなと思いながら読みました。 市川團十郎がどのようにして誕生したのか、伝統芸能がどうやって後世に引き継がれていくのか。 幼少時代から青年期、そして息子たちの世代に引き継がれていくまでが團十郎の妻の立場を中心に描かれていて、最後まで読み終わったときには壮大な物語を読み終わったという、疲れにも似たなんとも言えない満足感があった。 ただ、3人称で書かれているが、團十郎目線で書かれているところと妻目線で書かれているところが場面ごとに変わるので、少々読みにくかった。 特に中盤はコロコロ変わるので、今誰目線なんだっけ?とたまに遡ってよくよく読み直さねばならなかった。 私は飛ばし読みというか流して読むことがあるので、そういう読み方をする人は注意した方がいいかも。 坂田藤十郎と團十郎の対面シーンは決して派手な場面ではなくむしろ静謐さが漂っているにも関わらず、じわじわと迫る迫力のようなものが感じられてすごく印象的だった。 あとは、團十郎の妻が最後に幼少期を懐かしんで時代の移り変わりを感じる場面も、この大きな物語の締めくくりとして読み手にとっても感慨深いものがあった。
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なるほど、市川團十郎はこうして誕生したのか! 成田山との深い関わり、荒事がお家芸と言われる経緯。 全てが今の成田屋に通ずる。 産まれたてのホヤホヤの赤子のような まだ、海のものとも山のものともつかない頃の 團十郎がここに居たような。 とても興味深かった。満足!
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初出 2019〜20年「オール讀物」 歌舞伎の脚本も書いていた作者ならではの、奥行きの深い初代市川團十郎の一代記。 8歳の時に後に妻となる恵以と出会ったのが、修行僧が生き埋めになって入寂するのを取り巻く見物人の中で、二人ともこの場面が深く心に残っていた。 子役として踏んだ初...
初出 2019〜20年「オール讀物」 歌舞伎の脚本も書いていた作者ならではの、奥行きの深い初代市川團十郎の一代記。 8歳の時に後に妻となる恵以と出会ったのが、修行僧が生き埋めになって入寂するのを取り巻く見物人の中で、二人ともこの場面が深く心に残っていた。 子役として踏んだ初舞台で大暴れして舞台道具を壊して評判になり、大名屋敷に呼ばれ刀を渡されて「荒事」を見せるように言われると、障子を切り倒すして感心されるという武勇伝を残す。以来「荒事の開山」への道を歩むが、体を赤く塗って神仏の化身、顕現を、人間を超えるものを演じたこと、父母が成田山に祈願して授かったという縁で信心したことから「成田屋」の屋号で呼ばれる。 団十郎は自分で脚本も書き、「江戸随市川」といわれるまでに芸を高めていくが、妻の目を通して、舞台で憤怒のエネルギーを放つ團十郎を「人間の謎」に迫ろうとして表現しようとしていたと捉えているのは心にとまった。 息子で團十郎の名を継ぐ久蔵が、父をまねて褒められていたのが、父が殺されてから父に迫ろうと悩み、父とは別の表現を生み出して大当たりを取っていく。恵以がそれをを心配しながら見守り、自分の人生の意味を考えるラストを読んで深いいい物語だと思った。
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書評を読んで惹きつけられ、このジャンルを初めて読みました。ミステリーばかり読んでいるので、古文に思えるほど。登場人物の名前がとにかく難しく、日本人かよ!と自分に言いたくなりました。歌舞伎は江戸期最先端のエンタメだったんですね。自分もその場で見ているようで、ワクワクしました。荒事を...
書評を読んで惹きつけられ、このジャンルを初めて読みました。ミステリーばかり読んでいるので、古文に思えるほど。登場人物の名前がとにかく難しく、日本人かよ!と自分に言いたくなりました。歌舞伎は江戸期最先端のエンタメだったんですね。自分もその場で見ているようで、ワクワクしました。荒事をするようになったことや海老蔵ビギニングが手に取るようにわかりました。なぜ成田屋なのかも。当時と同じ舞台が見られるなんて、まさに奇跡ですね。上方役者と対峙した時の会話、なるほどなあと思いました。当時の生活が目の前に蘇り、パワフルな時代だったんだなあ、と実感。現代人の方が大人しくて鬱屈してるのでは。そして、ジェンダーの点でも解放的なようで、豊かな時代だったのだと思えます。とても楽しめました。
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初代市川團十郎、予備知識なく読み始めた。 ぐいぐいと引き込まれ(時に読みながら、ぐっと力も入ってしまったり…) 後半はもう止められず読了しまった。 長い歳月を経たような深い感動が胸いっぱいにしみわたる。 江戸の時代の歌舞伎のバックステージ、それを支える妻の、家族の物語。 ただ、時...
初代市川團十郎、予備知識なく読み始めた。 ぐいぐいと引き込まれ(時に読みながら、ぐっと力も入ってしまったり…) 後半はもう止められず読了しまった。 長い歳月を経たような深い感動が胸いっぱいにしみわたる。 江戸の時代の歌舞伎のバックステージ、それを支える妻の、家族の物語。 ただ、時代背景が地震、津波、富士山の噴火、生類憐みの令の時代、と 生きることが大変な時代。 ストーリー展開とともに、人として(特に今こんな不安の世の中に生きる中で)どんな心持ちで生きるか、そして、ことを成したいと願うならば何を大切にすべきか、そんな多くのことを気付かされた気がする。
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【五月襲名披露。〈市川團十郎〉はこの男から始まった】〈荒事〉の開祖にして最後は舞台上で刺殺されたカリスマ。謎多き初代團十郎の生涯を元禄の狂乱と江戸歌舞伎の胎動とともに描き切る。
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