ビルマに見た夢 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
刊行は昨年4月。すっかり見落としていた、戦争作家・古処誠二さんの新刊である。高く評価された『いくさの底』のようなミステリー的要素は、今回は見られない。淡々と人間模様を綴っているような印象を受ける。 ビルマを舞台にした全5編の登場人物は共通しており、古処作品には珍しい連作短編集になっている。語り部の西隈の目を通し、現地住民との交流が描かれる。時々空襲はあるものの、悲惨な描写は皆無と言ってよい。 前線だけが軍隊ではないし、戦闘だけが兵士の仕事ではないことは、古処作品を通して理解しているつもりである。日本軍が様々な狼藉を働いたことは厳然たる事実だが、力で服従させてばかりではなかった。西隈のように。 日本とビルマの国民性の違いに戸惑いつつ、頭ごなしに否定はせず、耳を傾ける。例えば、そんなものにまで精霊は宿ると聞かされても。日本語を操る顔見知りの少年が、尊敬する人物としてあの名を挙げたとしても。 敬虔な仏教国ならではの困難にもぶち当たる。西隈たち日本軍は正しいと思ってやっているし、やらねばならない。一方で、ビルマ人の心も無視できない。決して交わらないそれぞれの信念。西隈でなければ強引に進めたかもしれないが。 そんなビルマの住民たちが、工兵には怠惰に映り、侮蔑を隠さない。彼らの気持ちもわかるが、西隈たちの仕事だって楽なわけではない。現地住民に味方として受け入れてもらうのだ。イングリの飛行機が飛来する度に、無力感に苛まれる。 基本的に穏やかな描写が多い中で、戦況が芳しくないことは西隈たちも察している。このような日々は、やがて終わるのだ。この後、西隈たちは、交流を深めたビルマの住民たちは、どのような運命を辿ったのか、想像するしかない。 戦争専門作家であるため、読者を選んでしまうことは、古処さんご自身も自覚しているようである。自分は応援し続けるのみ。
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・インパール作戦準備段階のビルマを舞台に、現地の住民たちを労務者として徴募する兵站部の西隈軍曹を狂言廻し役に設定した連作短篇小説。ポイントは西隈がほぼ自在にビルマ語を操ることで、それゆえに、ストーリーの中心は現地の住民たちとの関係や対話、コミュニケーションに置かれることになる。戦...
・インパール作戦準備段階のビルマを舞台に、現地の住民たちを労務者として徴募する兵站部の西隈軍曹を狂言廻し役に設定した連作短篇小説。ポイントは西隈がほぼ自在にビルマ語を操ることで、それゆえに、ストーリーの中心は現地の住民たちとの関係や対話、コミュニケーションに置かれることになる。戦争小説でありながら戦場は描かれず(空襲の被害者は少し登場する)、話題はもっぱら日本軍とビルマ人住民とのコンタクト・ゾーンに焦点化されている。 ・皮肉なことなのだが、それゆえにこの小説は、戦争を舞台に取る必然性が乏しくなってしまった。言ってみれば、西隈軍曹はほとんど海外青年協力隊の隊員か国際NGOの職員か、という風情なのだ。日本軍による占領が3年目を迎えた時期を物語現在に選んでいるとはいえ、巨大な暴力としてのしかかった戦争の影があまりにも小さいことが、やはり気になってしまった。 ・日本軍の将校言葉で話す少年・モンネイや、精霊のお告げを語る老婆ドホンニョ、気の優しいビルマ人の典型として設定されているらしいコオンテンなど、現地の人物たちはみな魅力的に描かれている。だが、ビルマ人を一様に平和な・温和な仏教徒と本質主義的に規定していく点も気になった部分。
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空襲や戦闘など、凄惨な場面は描かれておらず、日本が占領したビルマでの、現地の住人との交流に重点が置かれた作品で、また1つ、新しい戦争小説に出会いました。 住民と積極的に交流し、まとめる立場にある西隈軍曹の、自分達日本兵の立場と、熱心な仏教徒であるビルマ人の意識と習慣との間で葛藤す...
空襲や戦闘など、凄惨な場面は描かれておらず、日本が占領したビルマでの、現地の住人との交流に重点が置かれた作品で、また1つ、新しい戦争小説に出会いました。 住民と積極的に交流し、まとめる立場にある西隈軍曹の、自分達日本兵の立場と、熱心な仏教徒であるビルマ人の意識と習慣との間で葛藤する姿が、少し痛々しい。けれどこういった視点での物語はすごく貴重で、大変興味深かったです。自分の中でも、何か新しい気持ちが沸いてでてきたように思います。 ビルマ人が日本兵に習って凧上げをしているのを見る西隈軍曹はじめとする日本の兵隊たち、西隈軍曹がパゴダで現地の住民を思って祈る姿に、史上最悪と言われるインパール作戦が控えている事を思うと、胸が痛み、少し悲しくなり、西隈軍曹の無事を祈りました。
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戦時中、祖父がインパール作戦に参加していたので、ビルマ物はつい手に取ってしまう。 本書は、インパール作戦(ウ号作戦)が始まる直前、ビルマの農民を徴用する軍曹を中心とした、日本軍とビルマの人たちとの交流を描いている。 地獄のインパール作戦の悲惨さだけが伝えられているが、こう...
戦時中、祖父がインパール作戦に参加していたので、ビルマ物はつい手に取ってしまう。 本書は、インパール作戦(ウ号作戦)が始まる直前、ビルマの農民を徴用する軍曹を中心とした、日本軍とビルマの人たちとの交流を描いている。 地獄のインパール作戦の悲惨さだけが伝えられているが、こういう日常もあったはずなのだ。 精霊のお告げで労務に参加しない集落の調査、 日本語を上達して偉くなりたい十歳の少年、 仏道に反してペスト対策のためのネズミ処分を拒む長老の説得、 昼メシ後は2時間の昼寝を要求するビルマ人の働く知恵、 恨みを知らず足るを知る人たちが住むビルマ、その地に描いた夢とは。 この後にこの地に悲劇が訪れる歴史が悲しいかな。
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