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ヒグマ大全 の商品レビュー

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2020/08/17

著者は北海道野生動物研究所所長を務めるヒグマ研究者。 本書は、半世紀にも渡るヒグマ研究の成果をまとめたものである。 その身体的特徴や生態、生活環、ヒグマを取り巻く環境に加え、ヒグマによる人身事故の詳細から、人間との共存に重要な事柄は何かを探る。さらに特徴的なのは、アイヌ民族とヒグ...

著者は北海道野生動物研究所所長を務めるヒグマ研究者。 本書は、半世紀にも渡るヒグマ研究の成果をまとめたものである。 その身体的特徴や生態、生活環、ヒグマを取り巻く環境に加え、ヒグマによる人身事故の詳細から、人間との共存に重要な事柄は何かを探る。さらに特徴的なのは、アイヌ民族とヒグマの関わりに1章を割いている点だ。アイヌのヒグマ観やヒグマ猟、そして「イヨマンテ」と称されるクマ送り儀礼についても詳述される。 ヒグマはクマ類の中では世界に比較的広範に(ユーラシアから北米にかけて)存在するが、日本では現在、北海道のみに生息する。雄で120~250キロ、雌で80~150キロほどの体重で、堂々とした体格である。普段は単独行をすることが多い。冬は絶食状態で巣にこもって過ごす。出産する雌は冬ごもり中に巣の中で出産し、子育てをする。同じ巣に同居するのは、こうした母子のみで、通常は個体同士が同じ穴を共有することはない。 肉食を好むがかなりの雑食で、植物も幅広く摂食する。ヒトには毒性があるというミズバショウや刺激性のザゼンソウなども平気で食する。 冬ごもりの際には食物を口にしないため、穴にこもる前、秋の間はせっせと捕食に励まなければならない。子を産むならばなおさらだ。 明治期以降、人は土地の開拓のため、元々ヒグマが住んでいた森林を切り拓いてきた。そうした中で、ヒトとクマとの接触例も記録されてきている。 ヒグマがヒトを襲う理由は4つに大別されるという。  排除:不意に出会ったとき、興奮してとびかかってくることがある。また、人間が所有する食物や作物・家畜を襲う際に人間を追い払おうとする。  戯れ・苛立ち:遊ぼうとしたとき、あるいは気が立っているとき。  食害:人間を「食べ物」と見なして襲うことがある。  その他:上記の組み合わせ。最初は「排除」や「戯れ」でも、そのまま「食害」に移行することもある。 ツキノワグマでは、「食べるために人間を殺す」という行動は見られないが、ヒグマの場合はそうした例がある。特に有名なのは吉村昭『羆嵐』の題材ともなった三毛別の事件と思われるが、その他にもヒグマによる人身事故は散発している。本書では各事例を追い、年代別の捕獲数などの統計もふんだんに記載される。写真は小サイズで口絵を除き白黒だが、珍しいシーンも豊富に収録されている。 どの章もおもしろいのだが、やはり圧巻は人身事故のまとめだろう。 あるものは不意打ちを喰らい、あるものはうっかりクマの冬ごもりの巣に近づき、あるものはクマにじゃれつかれ。 クマが本気で飛び掛かってきたら、そのスピードは相当なものになり、とっさの判断が求められる。人間の方も、出会いがしらの事故を避けるため、ホイッスルなど音の出るものを定期的に鳴らしながら歩くとよいという。それだけではなく、反撃用に得物を用意しておく。著者は山に入る際には、必ず鉈を携行するという。襲い掛かってくるクマを目の前にして、死んだふりなどもってのほかで、万一襲われたら反撃をし、ひるんだすきに逃げるしか助かる道はないようだ。 襲われた事例を見るとなかなかの凶暴さで、特に「食べ物」と見られた場合にはかなり悲惨な展開となる。駆除もやむなしなのかとも思うのだが、著者はこれには反対で、ヒトとクマの共存の道はあると主張する。 古くからクマとともに暮らしてきたアイヌとクマの関わりを詳述しているのも共存のヒントとするためである。 堂々たる北の雄。 可能であれば極力、排除ではなく、共存への道を探るべきなのだろう。 その強大さへの畏れを抱きつつ。 ヒグマへのより深い理解を促す好著。

Posted byブクログ