火の娘たち の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
19世紀中頃のネルヴァルのこの文学史上名高い作品集、かつてちくま文庫で出ていたのに買うタイミングを見失い、絶版になって残念に思っていたら、岩波文庫で出してくれた。 何はともあれ、プルースト等に絶賛された名短編「シルヴィ」である。 なるほど、夢幻的で美しい、印象的な小説だ。 この小説は、私がA時点で回想しているB時点の私が回想しているC時点の・・・という風に、「回想」が入れ子構造になっている。この構造は、泉鏡花の「高野聖」と同じだ。語りが複雑な入れ子になって行くに伴って、おそらくものごとの継起性とか時間感覚がおかしくなり、話される中身は通時態を超越した神話的な・象徴的な次元に押し上げられるのだろう。 さて神話的レベルに置かれた物語の骨子は、主人公の男性が幼なじみの身近な女性シルヴィと、近寄りがたい彼方にいるらしいアドリエンヌとの双方に心惹かれる恋情が核心になっている。 最初から親しみに満ちたシルヴィは、負けず劣らず可愛らしい美少女と設定されている。この陽光のなかでかがやくような少女は、主人公が別の女性アドリエンヌにつかの間心惹かれる様を目撃しても、少し怒った後にはやはり主人公に明るい笑顔を見せてくれる。多少嫉妬もするけど、とにかくあなたが好き、みたいな、なんとも、男性にとって都合の良い、普遍的な女性像である。 アドリエンヌの方は、後年主人公が心惹かれる女優オーレリーと重なっているが、壇上でスポットライトを浴びて立つ女神像のような、神秘的なイメージである。こちらの女性像は、夢見がちな主人公が生み出した妄想と言っていいだろう。 結局主人公は「都合の良い他者」であるシルヴィとも結ばれることなく、妄想が生み出した憧憬の対象をも決して近づくことが出来ない。 そのようなしょうもない文学少年/青年みたいな主人公だが、その恋愛状況が神話的に語られることによって、この小説は普遍的な物語となったと言えるのだろう。 読んでいると、生身の身体を持たなそうなアドリエンヌ/オーレリーという<記号>よりも、よりリアルで、しかし男性にとって「都合の良い」シルヴィの溌剌とした存在の方が、魅力的に感じられる。
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