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世紀末ベルリン滞在記 の商品レビュー

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2020/02/23

加藤淳『世紀末ベルリン滞在記 移民/労働/難民』(彩流社、2020年)は統一ドイツの混乱が見られる20世紀末のベルリンで生活した経験を語るノンフィクションである。著者という異邦人を通して、様々な人々、多くは海外からドイツに来た人々との出会いを社会情勢や歴史を背景に描く。 グローバ...

加藤淳『世紀末ベルリン滞在記 移民/労働/難民』(彩流社、2020年)は統一ドイツの混乱が見られる20世紀末のベルリンで生活した経験を語るノンフィクションである。著者という異邦人を通して、様々な人々、多くは海外からドイツに来た人々との出会いを社会情勢や歴史を背景に描く。 グローバリゼーションが進展する日本でも参考になる書籍である。帯には「どんな人種差別を受けたのか」とある。通俗的な日本人はここに過剰に着目しそうであるが、むしろ日本社会よりもベルリンに懐の深さを感じる。 ベトナム人移民の話から始まる。東ドイツは社会主義国同士ということでベトナム人労働者を受け入れていた。しかし、その待遇はブラックであった。日本の技能実習生よりも管理は厳しく、妊娠した女性労働者を中絶させるなど非人道的な扱いであった。外国人労働者の劣悪な労働条件、非人道的な扱いは日本では資本主義、グローバリズムの弊害と見られがちである。しかし、社会主義国の東ドイツにも存在した。資本主義ではなく、官僚主義、管理主義、全体主義の弊害である。これは日本の技能実習生らの搾取の問題に対しても示唆的である。現実に入管職員による収容者への非人道的な扱いがある。 成金のロシアマフィアの外食の描写が面白い。「寿司を味わうというより、高いものをがつがつ食いつくすという趣なのだった」(104頁)。値段と味が比例するとでも言うような高級志向のグルメに胡散臭さを感じる理由は、ここにある。 日本人料理人の経験は素晴らしい。毎朝、玉子焼きを仕込んでいたが、日本料理への理解の浅いドイツ人同僚から「朝食を作っているのか」とからかわれる。それが毎朝続いて我慢しきれずに糾問する。ドイツ人は最初、冗談だと言い訳したが、日本人料理人は「ひとの気分を害する冗談はやめろ」「もう二度と朝食なんて言い方は許さない。二度とオレのTAMAGOYAKIにケチをつけるな」と強く言って、謝罪させた(115頁)。 この種の対立は日本社会でも起きているが、日本では後味の悪い終わり方になるだろう。日本人は最後まで冗談のつもりで悪意はないと自己正当化に走りがちである。2019年には吉本興業社長は記者会見でパワハラ発言を冗談のつもりと言い訳した。これは醜悪である。本書のケースでも保身第一の日本人ならば、「朝食にたとえられて怒る方が狭量」「朝食も大事なご飯である」などと開き直りかねない。それは異文化理解にならない。 著者は慶應義塾大学卒業のロスジェネ世代(就職氷河期世代)である。私も慶應義塾大学卒業のロスジェネ世代という点で共通する。ロスジェネ世代の閉塞感に共感できるが、方向性にギャップを感じた。著者の方が数年上であることによる世代の差だろうか。 本書は規制緩和などの新自由主義的な改革が格差を拡大し、失われた二十年の原因とする見方に立つ(147頁)。ここはステレオタイプに感じる。私は日本社会の閉塞感と言えば、昭和の日本的な集団主義、精神論根性論の押し付けを原因と感じる。新自由主義的な改革に弊害が生じたことは否定しないが、昭和的な村社会や精神論根性論を破壊する改革は進歩的側面を持つ。 むしろ、新自由主義的改革の負担を特定世代に押し付ける不合理が就職氷河期である。「日本的経営は良かった。新自由主義的改革が滅茶苦茶にした」では昭和の感覚を懐かしむ上の世代の受け売りにしかならないだろう。 上の世代の価値観の受け売りを感じる点にはスクワッターの記述がある。統一後のベルリンでは所有者不明の建物を若者達が不法占拠して解放区のようにしていた。これを好意的に見るのは全共闘世代的な感覚で、ロスジェネ世代にはないだろう。本書はスクワッターの自由さを「酒も麻薬もアナーキズムも哲学も、なんでもあり」と表現する(150頁)。依存性薬物を自由とみる感覚はいただけない。 本書はテクノミュージックを思考停止、快感優先、融合幻想の音のドラックとし、本物のドラッグと相性がいいと説明する(174頁)。その直後に石野卓球のイベントの話になる。これは際どい。石野卓球の出演するイベント会場でドラッグが販売されており、著者にもセールスしてきた。石野卓球はピエール瀧とテクノユニット・電気グルーヴを結成しているが、そのピエール瀧は麻薬取締法違反で有罪判決を受けた。本書はピエール瀧事件後の出版である。

Posted byブクログ