クセナキスは語る の商品レビュー
原著1997年刊。 ヤニス・クセナキスへのフランソワ・ドゥラランドのインタビューに、時折後者執筆のコラムが入る。 幼少期の原体験や作曲家になる前にギリシャで経験した内戦の銃声と爆発などのシーンが回想され、それらがクセナキスの音楽に確実に影響していることが示唆されている。そこ...
原著1997年刊。 ヤニス・クセナキスへのフランソワ・ドゥラランドのインタビューに、時折後者執筆のコラムが入る。 幼少期の原体験や作曲家になる前にギリシャで経験した内戦の銃声と爆発などのシーンが回想され、それらがクセナキスの音楽に確実に影響していることが示唆されている。そこから「メタスタシス」が生まれてくる。なるほど、クセナキスのオーケストラ音楽の騒擾を聴くと、戦闘や爆発や逃走の、人びとの叫びが聞こえてくるようだ。 数学的アルゴリズムによって導き出されたクセナキスの「音」は、確かに予測しがたい偶有性を帯びているのだが、たいていの場合、それらを受容し統制しようとする能動的主体=私がそこにはあって、だからこそ、そこに他者/自己の熾烈なせめぎ合いが生まれ、その厳しさにリスナーは胸を打たれるのである。 どんな手法を使おうとも、単に何らかの数理を用いて作曲された凡百の音楽は、ほとんどの場合、ただひたすら退屈なだけである。模倣者には欠けている何かが、クセナキスの最上の作品には確かに存在していると感じる。 数理による冷たい蓋然性と、そこに身を投じる主体性との両者は、しばしば矛盾しているようにも見える。本書を読んでいるとそうした面が確認できるのだが、そこにこそ、クセナキス音楽の真の達成の核心があると思う。 私はクセナキスの作品のCDを最初の内何度聴いても、その魅力を感得できなかった。が、あるとき、クセナキスの管弦楽作品を聴いたときに突然、その音楽の意味するところを理解し、心を強く揺すぶられるように感じた。音楽との出会いには、このようにタイミングというものがあって、必ずしも一聴して理解できるわけではないし、適切な機会に巡り会えないとその意味をなかなか認識しえない場合がある。音楽的嗜好もまた、偶然的に形成されてゆくものに過ぎないのだ。 本書はもっと早くに読んでおけば良かったと思えるような、クセナキス音楽の理解に有益な本だと思う。
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彼の自伝的な内容かと思いきや結構つっこんだ音楽理論の話も多く難解に感じた。まだ途中で返却。(2021.12)
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