大人から見た子ども の商品レビュー
本書には4作品が収録されている。 『心理学的に見た幼児の言語の発達』 > 〔古典的な考え方によりますと、〕模倣の問題は次のように定式化されています。幼児はある所作を見たり、ある発話を聴いたりしたあと、どのようにしてそれらの所作や発話をモデルとして受けとり、それらに等しい...
本書には4作品が収録されている。 『心理学的に見た幼児の言語の発達』 > 〔古典的な考え方によりますと、〕模倣の問題は次のように定式化されています。幼児はある所作を見たり、ある発話を聴いたりしたあと、どのようにしてそれらの所作や発話をモデルとして受けとり、それらに等しい所作や発話を再生するようになるのだろうか、というようにです。(p.31 古典的な考え方) 本作品はゲシュタルトの理論を前提として、幼児の模倣や発話の発達のようすなどから自己と他者についての古典的な認識を見直し、各論者の理論展開を批判的に眺め、筆者の立場を明らかにする。 > ギョームは自我と他者の関係についての古典的な問題の立て方ーどのようにして自己の意識から他者へ移行するのか、という問題の立て方ーを逆転させるわけです。ギョームにとっての問題は、他者から出発してどのようにして表象的自我を構成するか、ということになります。(p.39 ギョーム理論の拡張) 加えて、フッサールとシェーラーの理論を参考にして、自我と他者の関係性を生きた意味が内在する表現に求めている。 > われわれは、言語の獲得を理解するために模倣を研究し、ギョームに従って、他者意識の獲得や他者との同一視が模倣に先行するわけではなく、逆に模倣こそ他者との同一視が生み出される作用だということを発見しました。(p.57 結論) 後半では、ピアジェの考えに基づいて、言語活動についての考えを展開する。 > 幼児期から成年期へ進むとき、そこで起こるのは単に無知から認識への移行なのではなく、あらゆる可能性かをひめた多形性の段階から、純化され、いっそう明確にはされたが、しかしいっそう貧しくもなった言語活動への移行なのです。(p.67 独語から対話への移行) > 心理学においては、単純化するために末梢的で非人格的な活動だけしか取り上げられません。...言語活動についても同様です。たしかに論理的言語活動は正確さという想定的な特権をもっています。しかし、それが言語活動全体の一要素にすぎず、死せる要素に過ぎないということを忘れているのです。(p.74 ピアジェの考え方の検討) 『大人から見た子ども』 ゲシュタルト的な考え方に基づき、親と子の関係性、コンプレックスなどについての理論を展開する。後半では事例や主義の記述が多く、論理展開は明確ではないように感じる。 『幼児の対人関係』 これもゲシュタルトの考え方に基づいて古典的な問題設定を否定し、自我と他者の関係を述べるものであることに変わりはないが、4作品ではもっとも難解に感じた。とくに分かりやすい箇所を引用する。 > 問題はこういうことになりましょうー人間によく似たこの人体模型を前にして、つまりある特徴をもった身振りをするこの物体を前にして、どうして私は、その物体が「心理作用」によって住まわれていると思うようになるのか、と。(p.186 第一章 論理的問題) > こうした問題に対して、古典心理学には一つの手だてしかありません。それは私が、私の面前で演じられる他人の身体的動作や話しぶりを目撃しながら、そのようにして与えられる記号の全体や、他人の身体が見せてくれる表情の全体を一つの機会にして、一種の〈記号読解〉をおこなうのだ、という仮定です。(p.186 第一章 論理的問題) 『表現と幼児のデッサン』 9ページの短い作品。平面遠近法に関して幼児のデッサンについて述べたのちに、「こうした着眼は言語にも適用可能である。」という文章で作品を締めくくり、本書で述べられた理論展開の可能性に言及している。
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眼と精神を10数年前挫折して読了せずに売ってしまった。 頭脳王IQ貴公子で出演していた田村正資さんが、東大大学院でメルロ・ポンティの研究をしているということを知って、読みやすそうなこの本を選んだ。 訳者のきめ細かい配慮のおかげで訳本にありがちな独特な言い回しは少なく、自然な日本語...
眼と精神を10数年前挫折して読了せずに売ってしまった。 頭脳王IQ貴公子で出演していた田村正資さんが、東大大学院でメルロ・ポンティの研究をしているということを知って、読みやすそうなこの本を選んだ。 訳者のきめ細かい配慮のおかげで訳本にありがちな独特な言い回しは少なく、自然な日本語なので夢中になってしまった。 ポストイット貼りまくりです。 ラカン、ピアジェ、ワロン、クラインなどの主張をきちんと勉強しないとついていけないところはあるが、講義を受けているような臨場感がある。 まだ未消化の部分があるので何度か読み返す必要あり。 鏡ってとても重要な役割と知り、きれいに磨こうと思う 覚書 初語の出現は記号と意味されるものとの関係を突如顕在化 もろもろの音素対立の体系が意味作用へ向かってゆく 模倣は目的の共有 対象の共有 幼児自身の名前が使われるようになるには他者のからわらにある自分の居場所を指すために使われる 知覚は他者理解においてきわめて重要な役割 幼児がまだものを理解しない時期と理解するようになる事典とのあいだには見のがしようのない非連続性がある 自己中心的言語 集団的独語 理解という概念には二つの側面 全体を意味する小さな真実 行為の規則についての研究(倫理学) 客観的知識に向けられる研究(児童心理学) 子どもに対する大人の反応に向けられる研究(教育学) 家庭内の葛藤、幼児の心的外傷経験は女性の置かれている不当な状況に由来 両親自身の幼児期の記憶が、自分の子どもたちに対する彼らの行為を二重に規定している 自分の両親に同一化、権威的抑圧的な行為が生じる 自分の子どもに同一化、共犯的連帯的行為が生じる 鏡像の出現は自分の身体の一種の奪回という意味 自分の身体を自己受容的意識のうちで視覚的に統合 無人島で暮らさないといけない場合に一緒に連れていきたいと思うリストに両親を加え忘れるという結果 嫉妬を克服する際の問題は全て脱中心化 幼児は極めて早い段階から顔の表情を感じる 鏡の助けを借りて獲得する自分自身の身体の視覚像から、人は互いに孤立しあっているものだと学ぶ 鏡像は遊びや戯れの素材 体感の障害は対人関係の障害と密接に結びついている 病者たちは、自分の話しかける声が、みぞおちのあたりとか腹とか、胸、頭などから聞こえてくる イヌのねたみ 可愛がられたいという欲望は、積極的な欲望であるよりも、むしろ他のイヌに与えられている愛撫が自分には欠けているという感じ この欠如、欲求不満、仲間外れの感じ 人間のねたみは生後7か月目に現れる 幼児のデッサンの発達 偶然の写実主義 失敗した写実主義 知的写実主義 最後に視覚的写実主義
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