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死者の百科事典 の商品レビュー

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2023/04/05

ユーゴスラビアの作家、ダニロ・キシュの短編集。 『庭、灰』『若き日の哀しみ』に続いて3冊目を読んだ。 既読の2冊がぽつりぽつりと語られるような自伝的小説であるのに対し、この9編は凝った技法の詰まった文章で、まるで全く異なった作者のようだ。 三島由紀夫的な耽美も感じるが、キシュの...

ユーゴスラビアの作家、ダニロ・キシュの短編集。 『庭、灰』『若き日の哀しみ』に続いて3冊目を読んだ。 既読の2冊がぽつりぽつりと語られるような自伝的小説であるのに対し、この9編は凝った技法の詰まった文章で、まるで全く異なった作者のようだ。 三島由紀夫的な耽美も感じるが、キシュの場合は美のための美しさにとどまらない。 どこかおどけたような冷めた書き方が、逆に哀しみを強調してくる。 タイトルとなっている「死者の百科事典」は、日本語にするとまるでホラー小説だが、そうではない。 主人公が父親の死後、その人生を尊び、百科事典を開くかのように一つ一つ詳しく振り返る、という内容だ。 ここで「死者」は、恐ろしいホラーなどではない。 命が尽きる直前までそこにいた、知人であり、家族である。 あるドキュメンタリーを思い出した。 それは、事故で息子を亡くした母親が、「私達が今あの子にしてあげられるのは、思い出してあげることくらい」と語った場面。 それがこの百科事典だと感じる。 「眠れる者たちの伝説」の臨死体験、「祖国のために死ぬことは名誉」の真綿で締めるような心理戦、「王と愚者の書」はこれから深く学びたいことの宝庫だった。 これほど多様の小説が詰め込まれた短編集は類を見ず、何度でも読みたい1冊。

Posted byブクログ

2022/02/15

ユーゴスラビアの作家の短編集。母がユーゴスラビア系民族、父はユダヤ人でアウシュビッツから帰ってこなかった。 短編全部が寓話的、哲学思想的。実際の人物やエピソードから哲学的思考を加えたり、実際には無い書物をあるもとして話を巡らせたり。 ナザレ人イエスの死と不思議な甦りから十七...

ユーゴスラビアの作家の短編集。母がユーゴスラビア系民族、父はユダヤ人でアウシュビッツから帰ってこなかった。 短編全部が寓話的、哲学思想的。実際の人物やエピソードから哲学的思考を加えたり、実際には無い書物をあるもとして話を巡らせたり。 ナザレ人イエスの死と不思議な甦りから十七年の後。 村から村へ巡る伝道者たち、大道芸人たち。 魔術師シモンは、イエスの奇跡を伝える伝道者ヨハネやパウロたちの前で「それはこのような、誰でもできる奇跡か」と、天に昇ってみせる。ペテロが神の言葉を唱えると魔術師シモンは失墜する。そしてまた別の話もある。 魔術師シモンの弟子の女は叫ぶ。「これもあの人の教えの真実の証なのさ。人の人生は転落と地獄、この世は暴君の手の内にある。暴君の中の暴君、ヒエロムに呪いあれ!」  /「魔術師シモン」 ==新約聖書のエピソードより。 あんなに惜しまれて死んだ娼婦はいないぜ。 船員であり革命家であったウクライナ人のバンドゥラは、肺炎で死んだ娼婦マリエッタの思い出を語る。 彼女の墓に備えられた花。 そしてその日に民衆蜂起の地方革命が起こっていた。  /「死後の栄誉」 私は図書館でその本を見つけました、有名な「死者の百科事典」を。そこには死んだ人の人生が記されています。私は、亡くなった父の一冊を探してページを開きました。そこには父の全てがありました。 全てです。村を出た日に咲いていた花、母と出会った日の風、夕日の色、歩いた道、出会った人… 「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」(P73)  /「死者の百科事典」 仰向けに横たわっていた、ザラザラして湿った駱駝の皮の上に。 三人と一匹の死者のうち、一番若いディオニシウスは一番先に見を覚ました。昔見た群衆は、ナザレ人イエスを讃える歌と、皇帝からの迫害は、ああ、あれも夢だったのか。  /「眠れる者たちの伝説」 ==キリスト教を信仰したために皇帝から迫害を受け、洞窟に逃げ込み、約二百年眠った”エフィソスの七人の眠れる者”というコーラン由来の伝説を下敷きにしているということ。  市場でジプシーから買った鏡。ベルタが鏡を覗くと、父と二人の姉が暴漢に襲われる場面が写される…。  /「未来を写す鏡」 ==新聞三面記事のような話だが、実際に起きたことと信じる人たちはいるようだ。 師匠の書を虚栄心により追い越そうとする弟子。  /「師匠と弟子の話」 民衆蜂起に味方したとして死刑宣告を受けた貴族の青年。 青年の母は息子に告げる。あなたはこのような死に方はしない、私が皇帝に話をして、うまく行ったらあなたに合図を送ります。 自分が不名誉には死なないと分かった青年は、恐れを持たずに絞首台に登る。  彼が最期まで持った立派な態度は、自分が死なないと思い怖れなかったのだろうか?または死ぬと分かっていても恥じることなく死ねたのだろうか?  /「祖国のために死ぬことは栄誉」 架空の書物を題材にし、それが時代を越えてヨーロッパの歴史を変えた話。  /「王と愚者の書」 先生はイデッシュ作家のメンデル・オシポビッチの往復書簡を探していらっしゃいますね。先生のおっしゃるとおりに、確かにそれは存在します。 いまでは孤独のうちに生きているこの私ですが、かつて数多くの手紙をしたためたことがありました。そしてその手紙のほとんどは、たった一人の人に宛てられたものでした―メンデル・オシポビッチに。  /「赤いレーニン切手」 作者による、収録作品の解説。 「本書に収められていた話はいずれも、多かれ少なかれ形而上的と呼ぶべきひとつのテーマを扱っている」 ここに書かれていることは、その一部を実際に起きたことをであったり、実在の人物だということで、元ネタ解説など。  /「ポスト・スクリプトゥム」

Posted byブクログ

2019/08/22

漸く読み終わった。300頁足らずの文庫本だが、1頁に収まる文字数がおそらく通常より多いので、500頁もの本を読んだ気になる。それと『若き日の哀しみ』の文体とは全く違うし、収録の短編それぞれの文体もそれぞれ異なる。さらに言えば、キリスト教・ヨーロッパ、特に東ヨーロッパ・そのロシア、...

漸く読み終わった。300頁足らずの文庫本だが、1頁に収まる文字数がおそらく通常より多いので、500頁もの本を読んだ気になる。それと『若き日の哀しみ』の文体とは全く違うし、収録の短編それぞれの文体もそれぞれ異なる。さらに言えば、キリスト教・ヨーロッパ、特に東ヨーロッパ・そのロシア、ソ連との関係・作者の父親を殺したナチスドイツ・ユーゴスラビアなどの歴史と背景を知らねば、この本を100パーセント理解することは出来ない。それ故、これから読もうとする読者は、末尾の訳者・評者の解説を先に読むことをお勧めする。本書の内容には、直接ではないが現在の世界の極右化の傾向や、日本の現状と未来を暗示するものがあり、一種の警告の書とも読める。

Posted byブクログ