巨大なラジオ/泳ぐ人 の商品レビュー
今年日経のコラムでチーヴァーが紹介されていたのがきっかけで村上春樹訳の短編集も手に取りました 表題作の「巨大なラジオ」他者の会話が聞こえるという非現実的なエピソードが作品の流れを作り、本来顕になるはずのない他者の「生の」エゴイズムや揺れる心情、そして自分の内なる声もまた他者に聞...
今年日経のコラムでチーヴァーが紹介されていたのがきっかけで村上春樹訳の短編集も手に取りました 表題作の「巨大なラジオ」他者の会話が聞こえるという非現実的なエピソードが作品の流れを作り、本来顕になるはずのない他者の「生の」エゴイズムや揺れる心情、そして自分の内なる声もまた他者に聞かれているのではないかという不安、なんともいえない不気味な作品ですがその不穏な空気はチーヴァーの他の作品と比べ際立っている 唐突だけれども同じく村上春樹訳のカーヴァーの「足元を流れる深い川」を思い出した
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とりあえず3作品を読んだ。読み終わると不穏な不安定な心持になる。チーヴァーの世界ではあるのだが・・って今回初めて読んだのですが、訳が村上春樹なので、少し村上ワールドの空気も感じてしまう。 「巨大なラジオ」1947 結婚9年、子供二人、それなりの収入の夫婦。メイドもいる。ラジオの...
とりあえず3作品を読んだ。読み終わると不穏な不安定な心持になる。チーヴァーの世界ではあるのだが・・って今回初めて読んだのですが、訳が村上春樹なので、少し村上ワールドの空気も感じてしまう。 「巨大なラジオ」1947 結婚9年、子供二人、それなりの収入の夫婦。メイドもいる。ラジオの具合が悪くなり、夫はラジオを買い、翌日それは届けられた。とても大きなラジオだった。ところがそのラジオから近隣の家庭の会話が聞こえてくるのだ。結局修理してもらい会話は聞こえなくなるのだが・・ 思いもよらぬ結末。ラジオを仲介に家庭や夫婦の危うさを突く? 「ぼくの弟」1951 姉一人に男兄弟3人、みな40前後あたりか。父は幼いころ溺れて死に、母は健在。末っ子の弟は他の3人とも母とも意思疎通があまりよくない。弟がいるとそれ以外の家族に緊張感が走り、不愉快な雰囲気になってしまう。弟のせいなのか、それともそれ以外の家族のせいなのか。ある日弟が、仕事の空きの日ができたので島の別荘に滞在したいとの手紙。それではと久しぶりに皆が集まるが・・ やはり弟との齟齬は始まり・・ う~ん、これもなんとも気持ちが下がる終わり。 家族の中で浮いてしまう人、というのを描いた? 別荘の風俗がおもしろい。別荘族の間でのパーティ。アメリカではこういう層のこういう風俗があったのか。 「泳ぐ人」1964 これはなんともぶっ飛んだというか。映像にしたらおもしろいんじゃないか。ある日私はある家のプールで泳いでいた。自宅は8マイル離れていて、そこでは娘達4人がいるはずだ。ふと、家まで各家々のプールで泳ぎながら帰れないものか? との考えが浮かび、実行に移すが・・ なんとも突飛な行動。私の頭のなかの幻影か。。。 設定場所として家々にはプールがある、アメリカ映画に出てくる場合もあるか、というような街を頭に浮かべる。 なんとブク友感想を読んでいたら、バート・ランカスター主演で「泳ぐ人」として1968に映画化されていた。バート・ランカスターか・・ 好きな俳優なのだが、読んだイメージと違う。いい男すぎ? 「巨大なラジオ」ニューヨーカー:1947.5.17号 「ああ、夢破れし街よ」ニューヨーカー:1948.1.24号 「サットン・プレイス物語」ニューヨーカー:1946.6.29日号 「トーチソング」ニューヨーカー:1947.10.4号 「バベルの塔のクランシー」ニューヨーカー:1951.3.24号 「治癒」ニューヨーカー:1952.7.5号 「引っ越し日」ニューヨーカー:1953.3.29号 「シェイディー・ヒルの泥棒」ニューヨーカー:1956.4.14号 「林檎の中の虫」単行本「シェイディー・ヒルの泥棒」のために書き下ろされたようだ。雑誌掲載なし。1956から57に書かれたもよう。 「カントリー・ハズバンド」ニューヨーカー:1954.11.20号 「深紅の引っ越しトラック」ニューヨーカー:1959.3.21号 「再会」ニューヨーカー:1962.10.27号 「愛の幾何学」サタデー・イブニング・ポスト:1966.1.1号 「泳ぐ人」ニューヨーカー:1964.7.18号 「林檎の世界」エスクァイア:1966.12月号 「パーシー」ニューヨーカー:1968.9.21号 「四番目の警報」エスクァイア:1970.4月号 「ぼくの弟」ニューヨーカー:1951.8.25号 「何が起こったか?」(エッセイ)単行本『フィクションを理解するために』1959(いろんな作家のアンソロジー)に収録 「なぜ私は短編小説を書くのか?」(エッセイ)ニューズウィーク:1978.10.30号 対談:村上春樹×柴田元幸 2018.11.30発行 図書館
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『翻訳文学試食会』#40にて、表題作「泳ぐ人」が紹介されていたので、一読。 家族や親族関係の心理描写とそれらを取り巻く環境の描写が積み重なって物語が進行し、なんとなく漂う不安が全体を覆いながら、最後まで読んでも結局その不安が大きくなるわけでもなく、なんとなくの不安で終わるという...
『翻訳文学試食会』#40にて、表題作「泳ぐ人」が紹介されていたので、一読。 家族や親族関係の心理描写とそれらを取り巻く環境の描写が積み重なって物語が進行し、なんとなく漂う不安が全体を覆いながら、最後まで読んでも結局その不安が大きくなるわけでもなく、なんとなくの不安で終わるという調子の作品が多い。 私のお気に入りは”泳ぐ人”、”林檎の中の虫”。 ”泳ぐ人”は、郊外の戸建てに住む主人公が、少し離れたところにある知人の家から自宅まで、家々の庭にあるプールを泳いで帰ろうとするという物語。最初は調子よく泳いでいくのだが、疲労や天候の変化が積み重なり、不安がひたひたと近寄ってくる。 ”林檎の中の虫”は、幸せそうな家族のあら探しをしようとする作品。収録作品の中では、意外な結末を迎えるものではあるが、それが逆にねっとりとした不安を残すことになる。 この小説は読者が通勤時に読むように書かれた作品とのことで、私もそのように読んでみたが、確かに描く作品15~20分程度で読めるものが多い。
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○県立図書館より。 ○ここ最近ずっと英米文学をおいかけていて、ジョン・チーヴァーは多分別のアンソロジーに収録されていた作品が良かったから、個人作品集の本書を借りてきたのだった。 ○チーヴァーの作品のうち、「シェイディー・ヒル」という架空の高級住宅街を舞台にした短編群が特に好き。シ...
○県立図書館より。 ○ここ最近ずっと英米文学をおいかけていて、ジョン・チーヴァーは多分別のアンソロジーに収録されていた作品が良かったから、個人作品集の本書を借りてきたのだった。 ○チーヴァーの作品のうち、「シェイディー・ヒル」という架空の高級住宅街を舞台にした短編群が特に好き。シェイディー・ヒル・サーガと言ってもいいんじゃないか? ○クリーンで、きれいに区画が揃っていて、住人はみな一定以上の所得を持つ「ちゃんとした人たち」で、おうちの中は専業主婦の奥様がいつもきちんと目を配っている。住人同士の交流もさかんで、しょっちゅうホームパーティーやったり、ディナーに招いたり招かれたりしている。 でもその住人達は、いずれも心に悩みや、苦しみ、息苦しさを隠し持ち、誰にも言えそうにない奇矯な執着や悪癖を持っていたりもする「ふつうの人たち」。苦しい思いをしつつも、全員で共謀するかのように「シェイディー・ヒルはクリーンで素敵な住宅街」という共同幻想を作り上げている。みんな、良き住人、良き隣人、良き夫、良き妻を演じているから、そこから逸脱する者たちに対してはとても冷淡なふるまいを見せたりもする。…主にこの設定の短編は、1950年代前後に描かれているのだが、その時代のアメリカにはほんとにこういう郊外の高級住宅街があったのかな?と思いをはせたりもする。 いいな、50年代のアメリカ…。
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ジョン・チーヴァーという名前は,実は聞いたこともなかったが,妻に勧められて読んでみた. 主人公は大抵はニューヨーク近郊の住宅地に住む中産階級の白人男性.彼がひょんな事からジリジリと奇妙な方向に進んでいってしまう様子が描かれる. 「大抵は」と書いたので,同じ設定の連作ものと思われる...
ジョン・チーヴァーという名前は,実は聞いたこともなかったが,妻に勧められて読んでみた. 主人公は大抵はニューヨーク近郊の住宅地に住む中産階級の白人男性.彼がひょんな事からジリジリと奇妙な方向に進んでいってしまう様子が描かれる. 「大抵は」と書いたので,同じ設定の連作ものと思われるかもしれないが,決してそうではない.似たようなスタート点から,よくもこれだけ多種多様な「奇妙な方向」を思いつき,しかも高い完成度で仕上げるものだと驚嘆する.
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村上春樹のラジオを聴いて読みたくなった。ほとんどがハッピーエンドではないのに、読後感はスッキリ。柴田元幸さんとの解説対談で、チーヴァーの小説に出てくる登場人物の多くは礼儀をわきまえている、その礼儀が話の暗さを救っている、泥棒に入る話でも盗み方が礼儀正しい、と書かれていて納得。再読...
村上春樹のラジオを聴いて読みたくなった。ほとんどがハッピーエンドではないのに、読後感はスッキリ。柴田元幸さんとの解説対談で、チーヴァーの小説に出てくる登場人物の多くは礼儀をわきまえている、その礼儀が話の暗さを救っている、泥棒に入る話でも盗み方が礼儀正しい、と書かれていて納得。再読したい。
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あああ、久しぶりにチーヴァーを読んだら、心がぎうぎうに締めつけられている。最近もっぱら読んでいたのは、シャマンラポガンとロシアの文学で、どちらもどこかしらの大らかさがあったと思う。ラポガンのものは海と共生するが故の呼吸の深さだと思うし、ロシアのものはやはり歴史的なものとあの広大な...
あああ、久しぶりにチーヴァーを読んだら、心がぎうぎうに締めつけられている。最近もっぱら読んでいたのは、シャマンラポガンとロシアの文学で、どちらもどこかしらの大らかさがあったと思う。ラポガンのものは海と共生するが故の呼吸の深さだと思うし、ロシアのものはやはり歴史的なものとあの広大な大地から来るものだろうか。しかしチーヴァーのものは、巻末の対談で村上春樹が指摘している通りもっととても狭いものだ。チーヴァーが短編小説に指定する場面のサークルは、家族だとか、自分の属するコミュニティだ。その中の人間関係や挿話が窒息的に物語を引き締めていく。途中では話がどこへゆくのかわからないようなステップを踏みながらも、破滅への回転は止められない。そしてキュッ、と締まりきったところで物語が終わる。このような感覚は、単なるバッドエンドとはちがっていると思う。なんだかすごく読み終わった後に体がいたくなる…笑
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初めてチーバーを読んだが、独特の世界観があり面白かった。特に「泳ぐ人」と「愛の幾何学」が好きです。でも20編は多過ぎる。お得ではあるけど、読むのがしんどかった。
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表題作とあと数点読んだが、あまり面白くない.「泳ぐ人」ではネディーがプールのあるような郊外の家を徘徊する話だが、優雅にパーティーをやっている集団が次々と出てくるのには白けた.メイドやバーテンダーを配したパーティーには米国で何度が出たことがあるが、雰囲気はよく書けていると思う.バー...
表題作とあと数点読んだが、あまり面白くない.「泳ぐ人」ではネディーがプールのあるような郊外の家を徘徊する話だが、優雅にパーティーをやっている集団が次々と出てくるのには白けた.メイドやバーテンダーを配したパーティーには米国で何度が出たことがあるが、雰囲気はよく書けていると思う.バーテンダーの何気ないしぐさに人種差別的なものを感じたのは黄色人種だからかな.「ああ、夢破れし街よ」では、お上りさんがニューヨークでドギマギする様子がうまく描写されていた.著者と柴田元幸さんの「解説対談」は楽しめた.アメリカの小説はサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」くらいしか読んでいないが、翻訳家としての二人の会話は僅かな部分しかついていけないものの、彼らのコメントをベースにアメリカの小説を読んでみようかなと思った.
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ものすごくおもしろくてビックリ。 一番最初の「巨大なラジオ」の最初の1ページから胸倉をつかまれるみたいにして物語に引っぱり込まれ、そのまま最後までテンション下がらず。でも、イッキ読みとは違って、滑るように読むんじゃなく、1ページ1ページ用心深く、深く深く読み進む感じだった。 私は...
ものすごくおもしろくてビックリ。 一番最初の「巨大なラジオ」の最初の1ページから胸倉をつかまれるみたいにして物語に引っぱり込まれ、そのまま最後までテンション下がらず。でも、イッキ読みとは違って、滑るように読むんじゃなく、1ページ1ページ用心深く、深く深く読み進む感じだった。 私は短編集を読むときは、一つの話が終わって次の話へ行くとき頭の切り替えに時間がかかる方だけれど、この本は、どの話に移ってもすぐその世界に簡単に入れた。 書かれている作品世界は私とは共通点がないはずなのに、なぜか語り手の言葉が自分の言葉みたいにしっくりきて不思議だった。人を見る時の「意地悪さ」の濃度がこの作家と似てるのかな、たぶん。 好きな作品は、やっぱり、ダントツで「泳ぐ人」! 最初は軽やかでポップアートみたいな雰囲気で始まるのに、あんなラストになるなんて。 時間と空間が気づかないうちにSFちっくにねじれて、そのねじれ具合が絶妙で衝撃だった。読み終わった時、しばし呆然としてしまった。 おなかあたりに、ブラックホールのような得体の知れない底なし穴が開いたかのような読後感。 あとは表題作の「巨大なラジオ」が良かった。それと、「パーシー」! うーん、それに「深紅の引っ越しトラック」、「トーチソング」、「引っ越し日」もおもしろかったなぁ。ほかにも・・・と、結局、全部おもしろかったという結論に行きつく。 すべての作品に村上春樹さんの短いコメントがあって、それも楽しみの一つだった。 読む前に、ふむふむと読み、読み終わった後、もう1回読んでしまう。 解説がわりの巻末の柴田元幸さんと村上春樹さんの対談の中で、2人がチーヴァ―について、「ほぼ一つの世界を中心にとらえて、いつも同じような人々を描いている、場所もフェーズも同じ」というようなことを言っていたが、その時はじめて「あれっ?ほんとだ!確かに!」と気づいた。私は割と「作家のパターン」を探しながら読むようなところがあるのだけれど、この短編集には「またか」って思うような似た印象の作品がなくて、しかもすぐに深く物語世界に入りこめてしまうので、共通点に全然気づいてなかった。 つまり、「同じ世界」を描いているのに、全然ワンパターンになってない。すごいなぁと思った。 あとこれは完全におまけだけれど、その解説対談で、村上春樹さんがチーヴァ―の作品に見える「decency」あるいは「principle」は、小説を書く上では非常に重要なものだと思っている、と語っているところが非常に印象的だった。私は村上さんの小説のストーリーラインは実はそれほど好きではないけれど、村上さんの書く文章そのものはすごく好きだといつも思う。その理由はその部分にあると思った。すごく腑に落ちた。
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