マーティン・イーデン の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
僕個人は、誰にも相手にされなかった頃の僕と同じなんです。だから、どうしても腑に落ちないのは、なぜ今になってみんなが僕に用があるのかということです。
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これもBRUTUS誌の村上春樹特集で、本人が選んだ51冊のブックガイドで紹介されていた一冊。ジャック・ロンドンは邦訳作品が少なく、柴田元幸先生による『火を熾す』と『犬物語』しか読んでいないのだが、本作こそジャック・ロンドンの最高傑作では?、と思うくらいに素晴らしかった。 本作は...
これもBRUTUS誌の村上春樹特集で、本人が選んだ51冊のブックガイドで紹介されていた一冊。ジャック・ロンドンは邦訳作品が少なく、柴田元幸先生による『火を熾す』と『犬物語』しか読んでいないのだが、本作こそジャック・ロンドンの最高傑作では?、と思うくらいに素晴らしかった。 本作は、ジャック・ロンドンという作家の自伝的小説とされており、自身をモチーフとした主人公マーティン・イーデンが貧しく粗野な階級から、富裕層の女性との出会い~恋愛によって自ら書物をむさぼり読みながら作家として立身出世していく様を描いた小説である。階級社会での立身出世の様子や、一人の粗野な人間が書物との出会いによって自らの思考を表現できるようになりその言葉遣いまでもドラスティックに変わっていく様(マーティン・イーデンの言葉がどんどんと洗練されていく様は、『アルジャーノンに花束を』を思い出したところすらある)など、読みどころは非常に多い。 その中でも最も重いテーマだと思ったのは、「自身の内面が全く変わらないにも関わらず、世俗的な成功によって地位を得た人間の悲哀さ」である。マーティン・イーデンは1日4時間の睡眠で、残りの時間のほぼ全てを小説や詩などの創作にあて、出来上がった作品を次々と出版社に送るが全く採用される困窮の憂き目をみる。しかし、あるきっかけで彼の作品が話題になってからは、過去に出版社にリジェクトされた作品の全てが法外な金額で売れ、商業的にも名声の点でも成功を得る。作品自体は全く変わっていないにも関わらず。そして、周囲の人間が自分を見る目も大きく変わり、そのギャップの中でマーティン・イーデンは苦悩し、最終的に悲劇的な結末を迎えることになる。 小説としてステレオタイプなところがないわけではないが、扱っているテーマ自体の普遍性と、文学という芸術に全てをささげようとした一人の男の生きざまが胸を打ち、物語としてのリーダビリティも高い傑作。
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私の愛読する英語学習者向けサイト「VOA learning English」にAMERICAN STORIESというコーナーがあって、まだ語彙の多くない人も楽しめるよう基本的な語で短くリライトされた古今の名作の朗読を聴くことができる。ジャック・ロンドンの作品もいくつかラインナップ...
私の愛読する英語学習者向けサイト「VOA learning English」にAMERICAN STORIESというコーナーがあって、まだ語彙の多くない人も楽しめるよう基本的な語で短くリライトされた古今の名作の朗読を聴くことができる。ジャック・ロンドンの作品もいくつかラインナップされていて、更新されるたび「Keesh」や「To Build a Fire」、「Love of Life」、「The Law of Life」などを聴いたのだけど、うわぁ、ジャック・ロンドンっておもしろいんだなぁ、とびっくりした。そのコーナーで取り上げられる作品のすべてがおもしろいわけではないんだけれど、ジャック・ロンドンにはハズレがないなぁ、と思った。特に「To Build a Fire」には心が震えた。 考えてみると、この人の作品は私は今までひとつも読んでない。 ということで、ワイルドな放浪者、というイメージの作家本人にも非常に興味をかきたてられたので、「自伝的小説」との謳い文句のこの作品を読んでみた。 とてもおもしろかった。 100年以上も前の作品なのに、書かれていることは非常に現代的だと思った。というか、ずっと昔からある普遍的な問題なのかな。この本の主人公、マーティン・イーデンのように、「群居生活をする生き物のはるか紺碧の上空を寂しく飛ぶ孤独な鷲のような存在」にとっては。 「自伝的小説」というと、少し語弊があるように感じた。おそらく、ジャック・ロンドンの実人生と合致する事実は、マーティン・イーデンのキャラクターと、その創作に関する部分に限られるような気がする。 それでも、というか、それこそが、彼の人生のすべてであり、彼が書きたかったことなんだろうな、と思った。 心の中からみなぎる創作意欲、人間の力の及ばない「奥深い美の神秘」、そういったことに無心に向き合う主人公の描写を読んでいると、失望とともに消えてしまった彼の中の激しく燃える炎のようなものや、そこまで追い込まれたことへの怒りとか悲しみを、この作家はなんとしても伝えずにはいられなかったのだろうなぁ、と思った。 作家だけでなく、画家や音楽家など、作品の解釈や名声をめぐって同じような虚無感やいらだちを感じているクリエイターは有名無名を問わず今も多いのだろうなと想像する。 器用な人なら、きっと「それはそれ、これはこれ」として、富や名声のもたらすものと自分の心の奥の失意とをうまく折り合いをつけていくのだろうけれど。 この作品は、これから作家を目指す人には、ある種の「小説の書き方」とか「ジャック・ロンドン流文章修行法」的側面もあると思う。 若いころのジャック・ロンドンが、自分の内にあるものを正しく表現するために、どんな風な努力を重ねてきたかという創作秘話が描かれている、という風にも読めて、その部分もとても興味深くおもしろかった。 多くの作家が、何年か職業作家をした後に「小説の書き方」的なものを著すのは、後進を育てたいというだけでなく、実はジャック・ロンドン同様、自分の創作について、真実の部分、コアの部分をぜひ理解してもらいたい、という欲求からくるのかも?とふと思った。 たとえば、村上春樹オススメの本!とか、教科書に載っているような巨匠の作品については、基本的にはみんな大絶賛で、批判的コメントは古典じゃない作品に比べてかなり少なくなる。でも、それらは現代の視点で見ると、冗長だったり、今はもうそれほど新鮮じゃなかったり、非常に難解だったりするものも多い。無名の作家の作品、として読ませても、みんな同じ評価だったんだろうか、外側にあるものに本当に振り回されていないのだろうか、と時々私も疑問に思ったりもする。 名前が上がるにつれ、批判されていたものが絶賛へと変わるのは、作家としては、「真実」を重んじる職業だけに、複雑なんだろうとつくづく思う。 でも、絶賛している方からすると、この本のルースやその家族たちのように、名声とかそんなものに影響されているとは夢にも思っていないのだろうけれど。
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※このレビューにはネタバレを含みます
ジャック・ロンドンは「野生の呼び声」と「ホワイトファング」しか読んだことことがないが、硬質でシンプルな文体と、武骨なストーリーが印象的で、好きな作家の一人だ。しかし、没後すでに100年以上経過しているので、本屋さんで新刊に巡り合えるとは思わなかった。正確に言うと新刊ではなく、帯にも書かれているよう”待望の復刊”だ。 描かれている時代背景は、富裕層と労働者層との差が明確で格差は大きい。思いがけない出会いから富裕層と関わることになった主人公は、苛烈な努力で労働者層から作家として這い上がっていく。主人公が考える真理や、手にした成功を語る心のうちは、30年前の青年(僕のことだ!)が抱く青春のモヤモヤと低通するものがあり、物語にのめりこむ。 激しいいほどに厳しく自律的で、原理から外れることを許せない青年は、年齢を重ねるうちに他者や自らを徐々に許せるようになっていく。許すことができない青年には、自死以外の結論がなくなる。 全般にわたり緊張感のある小説世界で、主人公の成長譚でもある小説の魅力に引き込まれた。
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