遺伝子 親密なる人類史(下) の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
上巻では遺伝現象の謎から遺伝子の解明までを語る。遺伝子の研究の歴史である。下巻では遺伝子を道具として利用して明らかになったことを述べる。面白さは歴史的な科学技術の発展を語る上巻の方が上。だが、現在の人間に与える影響面では下巻の方が重要性が高い。下巻の問題は現代の問題だからだ。 下巻では遺伝子検査によって出生前診断による中絶が行われるところからはじまる。これは新優生学である。現代では浸透率が高く負担が大きい場合のみ中絶が選択に入る。 ヒトゲノム計画の紹介から、人種が人間を分類するのにお粗末な概念であること、IQは知性という大きな概念を測定できていないことを述べる。 次に、ゲイ遺伝子・SRY遺伝子などの紹介によって性格・行動などは強く遺伝子の影響下にあることを明らかにする。 最後に遺伝子治療の発展から、我々の遺伝子を改良する未来がすぐそこに迫っていることを伝える。倫理が問われている。 非常に面白い本だった。
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インド系アメリカ人著者による遺伝子研究史。 上巻は比較的時系列に沿って追ってきたが、下巻では主に、その発展に伴って生じてきた問題について考察する。 遺伝病として知られるものの中には、ある1つの遺伝子の重大な欠陥が大きな病変を生じるものがある。こうした場合、単純に言えば、その遺伝...
インド系アメリカ人著者による遺伝子研究史。 上巻は比較的時系列に沿って追ってきたが、下巻では主に、その発展に伴って生じてきた問題について考察する。 遺伝病として知られるものの中には、ある1つの遺伝子の重大な欠陥が大きな病変を生じるものがある。こうした場合、単純に言えば、その遺伝子を修正できれば病気は生じない、あるいは治るだろうということになるが、ことはそう簡単ではない。 概念的にはそうであっても、技術が追い付かなかった例が初期の遺伝子治療で、ベクター(乗り物)として使用したウイルスに対する激しい免疫反応が起き、患者は悲惨な亡くなり方をしてしまった。 出生前診断が可能になったことで、親たちが誕生前の子供の疾患を知ることも可能になった。もし、「重篤な」疾患を発症する可能性が高いと言われたら、中絶するかどうかの決断をしなくてはならない。だが、それは本当に確実に発症するのか? 疾患や障害があったとして、その子が生きるかどうかを、親が決めるのは妥当なのか? 実のところ、多くの「遺伝病」はかなり複雑で、複数の遺伝子の作用、そして環境要因によって病気が発現する。「氏か育ちか」といえば、どちらもある程度関係がある。 複数の遺伝子が関与するような場合、遺伝子を置き換えることが技術的に可能となったとしても、どこまでを置き換えるのか、という問題もある。 そうしてさらに理想的な傷のない遺伝子を追い求めていくことはデザイナーベイビーとも地続きの話になっていく。 下巻では、著者の家系に関するエピソードはさらに重要な意味を持つ。 自身の問題にもなりうる、こうした問題についての地に足がついた考察は、さまざまな問題を提起する。 下巻の内容はほぼ現代であり、研究者でもある著者が、実際に面識がある科学者らもいる。かれらの人間ドラマもまた興味深く読めるところである。
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「屈辱的な事実として、ヒトのゲノムについて、われわれは実際にはほとんど知らない」と著者は述べている。著者は科学者としての「悔しさ」の意味で「屈辱的」と書いたのだと思うが、私はそこに人間全体の思い上がりを重ねて読んだ。たしかに科学の進歩により昔と比べてたくさんのことを知ることができ...
「屈辱的な事実として、ヒトのゲノムについて、われわれは実際にはほとんど知らない」と著者は述べている。著者は科学者としての「悔しさ」の意味で「屈辱的」と書いたのだと思うが、私はそこに人間全体の思い上がりを重ねて読んだ。たしかに科学の進歩により昔と比べてたくさんのことを知ることができた。だがすべてではない。自然が成し遂げたことがあまりにも偉業で美しすぎて、人間は今後どれだけの時間と知識を費やしても勝てない。材料が判明しても、ヒトをゼロから創ることはできない。仮にできたとしてもそれは模倣であり、完全なオリジナルのアイデアではない。 もし人間がすべてを理解して遺伝子を操れるようになったら、それだけでは留まらないと思う。例えば地球温暖化の解決を掲げて天候まで操ろうとするかもしれない。そうなれば、人為的に雨を降らせることも、地震や津波を止めることも可能になるのだろうか。あらゆる病気がなく、人間の多様性が失われ、気候もなにもかも、すべて人間が望むままに修正されていく。このような世界は最初はいいかもしれないが、天候や病気など予測不能な事態があるからこそ人生に意味を与えるのではないかと思う。 これは私の個人的な矛盾した感情であるが、遺伝子の編集や選別に抵抗感はあるものの、もし子どもを持つ時がきたら出生前診断はしたい。できるのであればダウン症は避けてあげたいと思ってしまう。我儘かもしれない。ただ、どこまでなら許されるのか線引きが難しい。 人間に道徳心があってよかったと、本書を読みながら何度も思った。遺伝子編集の可能性の光が差すたびに、道徳的に不安を感じ、倫理について話し合い、研究を止める自制心があってよかった。反対になにも感じず、ただ新たな発見を求めて暴走し続けていたら、5年後、10年後にはとんでもない社会になってしまっていたかもしれない。しかし、不安感を理由に先へ進まないのもよくないのかもしれない。まずは倫理のガイドラインを厳格に定めて、慎重に少しずつ実験と観察を重ね、失敗も受け入れながら進むべきなのだろうか。それとも立ち止まるべきか。我々はどのような議論をすべきか考えることが、今後の課題だと思う。
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Amazonオーディブルで聴いた。 長い長い長い。 優生学に関して人間の愚かさとひどさにドン引き。
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何かを捉えようとした時、大きな軸は2つある。時間軸と空間軸。つまり歴史的な捉え方と、他の国や分野・領域との比較である。前著の『がん』もそうだったが、この『遺伝子』も、まず時間軸によって、歴史的文脈に位置付け、さらに、その時代、時代の中で、政治的、文化的、技術的な文脈の中での位置付...
何かを捉えようとした時、大きな軸は2つある。時間軸と空間軸。つまり歴史的な捉え方と、他の国や分野・領域との比較である。前著の『がん』もそうだったが、この『遺伝子』も、まず時間軸によって、歴史的文脈に位置付け、さらに、その時代、時代の中で、政治的、文化的、技術的な文脈の中での位置付けが続く。大きなテーマを、立体的に捉えさせてくれる。解説にあった、アイスランドでは、誕生前遺伝子診断によって、ダウン症の子どもが産まれなくなったというのは驚き。大々的な施策ではなく、こういう静かに進む「新優生学」は恐ろしい感じもする(良し悪しは、スパッとはいかないだろうが・・・)。
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遺伝について、優生学的知見なども踏まえながら綿密な論理を紡いでいる。統合失調症の遺伝は、この本の結論としては世代から世代への遺伝は複雑で、確率としては遺伝するが、新しい世代が誕生するたびに遺伝子は混じり合い、新たに組み合わされるため、父親母親とまったく同じ遺伝子変異の組み合わせを...
遺伝について、優生学的知見なども踏まえながら綿密な論理を紡いでいる。統合失調症の遺伝は、この本の結論としては世代から世代への遺伝は複雑で、確率としては遺伝するが、新しい世代が誕生するたびに遺伝子は混じり合い、新たに組み合わされるため、父親母親とまったく同じ遺伝子変異の組み合わせを受け継ぐ可能性はとても低い。この点の指摘が面白かった。
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「遺伝子 ─親密なる人類史─ (下)」(シッダールタ・ムカジー :仲野 徹監修/田中 文 訳)を読んだ。 『遺伝子検査は道徳の検査でもある。(中略)どんな未来なら覚悟してもいいか?』(本文より) 考えれば考えるほど怖い言葉だな。 この先誰が舵を握るにしても監視が必要だぞ。 あー面...
「遺伝子 ─親密なる人類史─ (下)」(シッダールタ・ムカジー :仲野 徹監修/田中 文 訳)を読んだ。 『遺伝子検査は道徳の検査でもある。(中略)どんな未来なら覚悟してもいいか?』(本文より) 考えれば考えるほど怖い言葉だな。 この先誰が舵を握るにしても監視が必要だぞ。 あー面白かった。
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シッダール・ムカジー「遺伝子(下)」読了。遺伝子の歴史は単に科学の側面だけで語れるものでない事がよくわかった。優生学に端を発し政治や戦争に影響を与えた事、ジェネンティック社の成功からのビジネスとの関与等から、我々の設計図である遺伝子のインパクトの強さに大変驚いた。
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私はかねてから論理的な解説や表現は日本人よりも白人の方が優れていると考えてきたがどうやら違った。シッダールタ・ムカジーはインド人である。すなわち論理の優位性は英語にあったのだ。私の迷妄を打ち破ってくれただけでも今年読んだ中では断トツの1位である。 https://sessendo...
私はかねてから論理的な解説や表現は日本人よりも白人の方が優れていると考えてきたがどうやら違った。シッダールタ・ムカジーはインド人である。すなわち論理の優位性は英語にあったのだ。私の迷妄を打ち破ってくれただけでも今年読んだ中では断トツの1位である。 https://sessendo.blogspot.com/2019/08/blog-post_21.html
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長かった...。 本書は、本読みでも有名な中野徹さんが監修し、解説も書いてくれている。 ということで下巻のレビューとしては、長めの解説について書いてみよう。 メンデルから始まり「遺伝子の伝記はたかだか一世紀半の長さでしかない。しかし、その間に、遺伝子の概念は変遷し、物質基盤や...
長かった...。 本書は、本読みでも有名な中野徹さんが監修し、解説も書いてくれている。 ということで下巻のレビューとしては、長めの解説について書いてみよう。 メンデルから始まり「遺伝子の伝記はたかだか一世紀半の長さでしかない。しかし、その間に、遺伝子の概念は変遷し、物質基盤や制御機構が次々と明らかになり、自在に操ることすら可能になってきた」と語る。本書はこの歴史を描いたものなのだけれども、いかにも長い。 もしかしたら、この解説を読めばその筋はおおよそわかるかもしれない。 仲野さんは、現在の遺伝子工学の発展の先に、「新優生学」- 個人の要望により、遺伝子を選別し、操作する - が始まることを想像する。そのことの是非を、われわれは判断することができるのかどうか、出生前診断が広く行われている状況において、どこに線を引くべきなのだろうか。 仲野さんは、人類はいずれ遺伝子操作によって幸福を求めるようになるのではと書く『ホモ・デウス』からその最後の言葉を引用する。 「私たちが直面している真の疑問は、『私たちは何になりたいのか?』ではなく、『私たちは何を望みたいのか?』かもしれない」 仲野さんは「私たちは何を望みたいのか?」について考えてもらいたいと、書く。さて、欲望を私たちは望み通りに持つことができるのだろうか。自分にはユヴァル・ノラ・ハラリの言葉は未来の希望や期待というよりも、さらに深い問いのように思われる。
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