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知財の正義 の商品レビュー

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2022/07/30

購入したのは何年も前だが、断続的に読み進めようやく読み終わる。知的財産法、法学、経済学、哲学などの用語も出てきて、簡単な本ではなく、読み終えたことに達成感はある。 知的財産法の実務の詳細を論じる本ではない。そもそも知的財産法は必要か(特に現代のデジタル社会において)を論じる本で...

購入したのは何年も前だが、断続的に読み進めようやく読み終わる。知的財産法、法学、経済学、哲学などの用語も出てきて、簡単な本ではなく、読み終えたことに達成感はある。 知的財産法の実務の詳細を論じる本ではない。そもそも知的財産法は必要か(特に現代のデジタル社会において)を論じる本である。私も知的財産法に関わる者として、このテーマにはとても興味がある。しかし、このテーマは独断的・感覚的な発言が飛び交うことが多いとも感じている。知的財産法の擁護派も反対派も、自分の主張に明確な根拠を示すことはあまりないと。そんな状況をふまえ、本書は知的財産法擁護の立場からその根拠を示そうとするものである。そしてその根拠は功利主義(知的財産法があることによって社会がよくなったことを統計データから示すこと)ではなく、ロック、カント、ロールズという哲学者たちの財産権に関する理論である。もともと高名な「法と経済」の学者であり功利主義者であった著者は、功利主義の限界を感じて転向したらしい。私自身も知的財産法を功利主義により擁護または批判したいという思いが強かったが、その難しさも感じていた。なので、著者の悩みには共感できるし、本書のアプローチもとても興味深いと思った。ただ、通読した印象は、結局本書も巷に溢れる独断的・感覚的な議論を完全に克服できてはいないのではないかというものだ。巻末解説にも本書が論敵から「faith-based IP」と批判されているとあるが、自分もまさにそう感じた。著者にはそもそも知的財産権の保護は正しいという信念・信仰があり、それを裏付けるために哲学者たちを引用しているのではないかと思える。結論ありきなのではということだ。「はじめに」の記載にも、著者は信心深いクリスチャンなのではと思わせるところがあるが、そういったことも著者の思考に影響しているのかもしれない。 上記のように、本書は著者の信念を前提としているため、共感するのが難しい人もいるかもしれない。しかし、本書は著者の信念に同意できない人にも有益となるような配慮がされている。本書の議論は、下層(功利主義、ロック、カント、ロールズのような哲学的基盤)、中層(知的財産法の目的となる基本原理)、上層(知的財産法の詳細な実務)の三階層に区分されており、下層の立場を異にする人同士でも中層レベルではコンセンサスを得られることを目指している。著者はロールズから中層原理のヒントを得て、知的財産法の議論にそれを応用したようだ。このような三層構造の議論が必要になること自体が、下層の基盤に関して知的財産法関係者の見解が分裂していることの証左かもしれない。 本書の結論(知的財産権の保護は正しい)に同意できなくても、本書が示すアプローチ、過去の哲学者の思想、それらの思想と知的財産法との関係、現代の知的財産法を巡る様々な議論、それらの議論の主要な論者の紹介などははとても勉強になる。

Posted byブクログ