日本の夜の公共圏 の商品レビュー
馴染み深い人も多いであろう、飲食店の「スナック」について、大真面目に考察した1冊。 スナックは全国津々浦々、どんな小さな町にもあるのに、スナックについて研究した書はほとんどない。 編者でスナック研究会代表の谷口功一さん(首都大学東京法学系教授)は序章「スナック研究事始」でそう指摘...
馴染み深い人も多いであろう、飲食店の「スナック」について、大真面目に考察した1冊。 スナックは全国津々浦々、どんな小さな町にもあるのに、スナックについて研究した書はほとんどない。 編者でスナック研究会代表の谷口功一さん(首都大学東京法学系教授)は序章「スナック研究事始」でそう指摘します。 たしかに、云われてみれば、その通り。 そう、ほとんど前例のない本です。 結論から申し上げますと、これが実に面白かった。 たとえば、「スナックの立地と機能」について考察した荒井紀一郎(首都大学東京法学系准教授)さんの論考。 まずは、スナックの市区町村ごとの軒数(全国に10万軒超!)を調査し、「西高東低」の傾向があることを突き止めます。 人口1千人当たりのスナック軒数は、1位が福岡市博多区で838軒、2位が札幌市中央区の810軒と上位に食い込んでいますが、以下、20位までの大半は西日本勢が占めました。 人口当たりのスナック軒数との相関を表したデータも興味深い。 どんなことが分かったかというと― ①郊外のベッドタウンのような地域にスナックはあまりなく、昼間、住民が他の町に出て行かない町にはスナックが多い。 ②どちらかというと財政的に厳しい地域にスナックが多い。 ③「昼の社交場」ともいえる公民館や図書館などが少ない地域に、「夜の社交場」であるスナックが多く立地している。 ね? 面白いでしょう? 私は「おお」と思わず声を上げながら読みましたよ。 これで終わりではありません。 論考は、さらにディープな領域に立ち入ります。 スナックが立地するエリアにおける最低夜間光量を考慮したモデルで推定した結果、以下3点が明らかになったというのですね。 ①スナックの軒数が多い地域ほど刑法犯認知件数が少ない。 ②明るいエリア(繁華街エリア)にあるスナックよりも、暗いエリア(繁華街でないエリア)にあるスナックの方が刑法犯認知件数に影響する。 ③「昼の社交場」である図書館の数が多い地域ほど刑法犯認知件数が少ない。 こうしたデータを積み上げた上で、荒井さんはこのように結論付けています。 「人口減少や財政赤字といった日本が抱える様々な問題をかんがえたとき、『昼の社交場』となりうる公共施設を大幅に増やしていくことは難しく、スナックのような『夜の社交場』が地域で果たす役割は、今後ますます重要なものになっていくかもしれない」 いやはや、快刀乱麻というか何と痛快な結論でしょう。 井出太郎さん(近畿大学文芸学部准教授)の「カフェーからスナックへ」も印象に残りました。 本筋ではないですが、永井荷風が通った銀座のカフェー・タイガー(1924~35年)には、女給の人気投票があったそう。 どんなシステムかというと、ビール1本を買うと投票券が1枚もらえるというもの。 菊池寛はお気に入りの女給に投票するために、ビールを150本も購入し、荷風から「田舎者の本性を露したり」と嘲笑されています。 菊池寛のミーハーな行動も含め、まるで現代の人気アイドルグループの人気投票そのものではありませんか。 本書では、荒井さんや井出さんをはじめ各分野の第一線で活躍する研究者たちが、スナックについて幅広い視点から考察しています。 スナックと規制の問題、スナックと社交、果てはスナックと憲法と、実にユニーク。 さらには、編者の谷口さん、東大法学部教授の苅部直さん、スナックについての著作もある編集者の都築響一さんの座談会も収録しています。 では、スナックは何故に存在するのか? これは本書でも紹介されている全日本スナック連盟会長の玉袋筋太郎さんの言に勝る回答はないでしょう。 スナックとは、「社会人としての嗜み、人間関係のさばき」を身に付ける「人生の学び舎」であるということです。 久々にスナックに行きたくなりました。
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